介護しなくちゃという現実

介護しなくちゃという現実

親はずっと親だから

いつまでも元気でしっかりしてると、何となく思っていました。
そんなことはあり得ない、と頭では分かっていても、毎日たいした変化もなく過ごしてると、ずっとこんな感じで暮らしていくんだろうな、と。

そうではない、と分かったのは、警察から電話が来た時です。

私の事情はちょっと特殊で、会社半分、自宅半分のカタチで仕事をしています。母とは同居。8年前に父を亡くしてから、戻って来て一緒に住み始めました。
両親は仲の良い夫婦で、父が退職してからは一緒に山登りに行ったり、温泉に行ったりして、悠々自適に暮らしていました。特に持病のない二人だったので、父の急死には驚きましたが、苦しまず眠るように亡くなったので、死ぬならこういう死に方をしたいと、密かに思ったのも事実です。ただ、私がひとり暮らしをするため家を出て、姉が嫁いだあとはずっと夫婦で暮らして来たので、急に独りになって寂しいと、母が言ったことをきっかけに、私が戻ることになったのです。

元々、母がきっちり家計簿をつけていたこともあって、その月その月の生活費を渡し、やりくりをしてもらうなど、同居はスムーズにいきました。
父ほど頻繁にではありませんが、休みには連れ立って観光地などにも行っておりました。

思えば少しずつ

同居して8年、食事の用意も掃除洗濯も母まかせでしたが、生活費を多めに入れ、お土産も買って帰っていたので、あまり罪悪感はありませんでした。隣県に住む姉からは、それどうなの?と時折電話で言われましたが、母が問題ないと答えてくれていたので、甘えていたのだと思います。

少しおかしいなと思い始めたのは、そんな姉を違う人のように、母が言うようになったからでした。姉から電話があったのに、伯母さんからあったと言うのです。訂正すると、ああそうだねと応えるので、笑い話にしていたのですが。

それから、時々電気料金などの支払いが、滞るようになりました。
これは、母まかせにしていた自分も悪かったと思い、支払い用の口座に生活費を移し、落ちるようにしました。

それでも、毎日欠かさず散歩に行き、掃除洗濯食事はきっちりしてくれるので、母も年だし、あまり負担はかけないようにしなくちゃと思いつつも、日々は過ぎていきました。

突然の電話

そんな甘い考えが吹き飛んだのは、突然会社に警察からの電話が入った時です。

その日は一日中会社での仕事があり、夕方になっていました。長引いた会議が終わった直後、内線で呼ばれて電話を受けたのです。警察からというので、内心ビクビクしつつも、いや自分何もしてないし、などと思いながら電話を受けると、おたくのお母さんを保護しているというお話でした。それも、家からはかなり離れた町で、なんなら隣の市の近くだったのです。

一体どうやってそんなところまで行ったのか。確かに母は、散歩が日課で趣味は山登りという健脚。でもなんで警察のお世話になんか・・・
そんなことをグルグル考えながら、あわてて迎えにいくと、何にも気にしていないような能天気な母の姿があって、こらえ性のない私は、つい怒鳴ってしまって、警察の人にたしなめられました。

応対してくれた警官によると、どうも帰り道が分からなくなって、どんどん歩いていったようなのです。夕方になって薄暗くなっても、車通りの多い道を歩き続けている母を見て、不審に思った親切な人が声を掛けてくれて、朝から歩いていることがわかり、交番に連れて行ってくれたそうです。

声を掛けてもらえなかったら、どうなっていたのか。
警察のお世話になっている事態なのに、なぜ母はまったく気にしていないのか。

母を連れて家に帰りながら、色々と考えて、ようやく思い至りました。

母は、ボケてきているのだ、と。

これから自分は、母の介護に向き合わなくてはいけないのだ、と。

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