終活を家族で考える

終活を家族で考える

私の母は今82歳になります。
実家から車で1時間30位の距離の県に
住んでいます。

去年の10月に父が亡くなりました。
肺に癌が見つかったのです。

元からある病気のせいで
手術は行う事が出来ませんでした。

母と父は二人暮らしで
わずかな年金と貯金で生活していました。
そのわずかなお金から
父の薬代や父の介護のお金を補わないといけないと母は嘆いていました。

父はじっとしてるのが大嫌いな性格でした。なので朝4時~夜5時まで下道2時間かけて毎日、毎日車で出掛けていました。
昔のよしみで服の配達を手伝っていたみたいです。

じっとするのが大嫌いな父は
病院に入院するのではなく
ギリギリまでお家で過ごしていました。

まさしく老老介護でした。

週に何回かは介護の方がサポートに来たり
私達家族がサポーターには行ってはいたもののやはり母に負担がずしっときていたのは確かでした。

父の容態が悪くなるにつれ
終活の話も家族でするようになりました。

終活の内容となると
葬儀・82歳の母の生活レベルの水準(一人で暮らして行けるのか)・介護の有無・父の貯金・父の借金など、、、、

終活の内容はそれはそれは
話せば話す程
私達家族、母から不安と言う名の言葉しか出てきませんでした。

✩.*˚終活の大切さの意味

終活という名の家族のコミュニケーション

とても惨いようですが、私達家族は
父に貯金の有無
父に借金の有無を確認しました。

ところがです。

父が亡くなったあとに
借金が見つかったのです。額にして一万円。
みなさんたかが一万円と思うかもしれません。
この一万円を支払うのにどれだけ大変か。

父が亡くなっているのもあり
証明する書類・どこの銀行で借りているのか
・なんと本籍もここじゃないとゆうことで本籍がある地域に行かなければなりませんでした。

本籍はすぐにどこかわかったのですが、
どこの銀行に行かなければないのかが本当に大変でした。

まず借りるとしたら
本籍の近くで昔すんでいたので、本籍の近くの銀行をしらみ潰しにあたりました。

幸いにも思い出当たる銀行の数は限られていたので1日で手続きを終えることが出来ました。

父が嘘をついていた訳ではありません。
ただ単に忘れていたのだと私は思います。

ですがやはり家族感でもっとコミュニケーションをとる時間があればこの一件はスムーズに終われていた気がしてなりません。

終活
この言葉だけで考えると終わりを準備しているかんじだけがして悲しいですが、

終活を母や父のみで行うのではなく
娘や息子、孫、家族みんなですることにより残される側も当の本人も心の整理ができると思うのです。

✩.*˚これからの母

父が亡くなり
一周忌が終わりました。

母はポツリと
私はもう孫の介護施設にいれてもらうわと、、、。
82歳。年齢を考えれば介護が必要な年齢でもあります。喜ばしいことに私の母は畑仕事をしたりまだまだ元気一杯で居てくれてます。
ですがわずかながらに認知になっています。
軽度はまだ低いものの認知が進んでいるのは確かです。

介護施設へ支払うお金
介護レベルが低いので
(優先順位的にも介護施設へ入れるのは先になるので)
母との同居も視野にいれています。

だからこそ私は考えるのです。
これからの終活の大事さを。

終活とゆうなの家族のコミュニケーションの必要性を。

ある日では遅いのです。
ある日では母は口座の番号や
家の権利書や大事なやり取りも忘れてしまうかもしれないのです。

母は今年で82歳。

みなさん何歳から終活をお考えですか??

病気になってからですか?
70歳になってからですか??
はたまた終活は考えなくていいはですか?
家族とコミニュケーションをしっかりとっていますか??

私が考える終活は毎日です。

早すぎるなんてことはないと
私は思うのです。

なぜなら終活は
家族のコミュニケーションだと私は考えていてるので。

みなさんも終活
家族とのコミュニケーションの大事さを
考えてみられてはどうでしょう。

おわり

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