義父の介護で思うこと

義父の介護で思うこと

今年の夏の終わり、私たち夫婦は義父を看取りました。
義父は89歳、近年、長寿化が進んでいる中、天寿を全うしたのかどうか。
それは誰にもわからないですが、私たち夫婦は義父はまさに天寿を全うしたとしみじみ考えています。

義父の介護の始まりは

わたしが義父と同居を始めたのは5年前ほど、そのころはまだ耳のとっても遠くなったおじいちゃん、といった様子でした。
その前の年に義母を亡くし、夫は一人っ子のため、日中、いや、ほぼ1日中、一人で暮らしているような状態でした。

恐ろしいことですが車の運転もしていました。
義父はコーヒーが大好きで、いつも行くのは慣れたお店だけだったのでその頃はまだ大丈夫だろうと私たち夫婦ものんびり構えていました。
ところがある日、義父が車と接触事故を起こしたことがわかりました。
接触された相手から連絡があってようやく判明したのです。
義父は事故をしたことをとぼけていたのか忘れていたのか、どちらかはわかりません。
とにかくその日から車は取り上げられ、義父が運転することはなくなりました。

一日中一人で、誰とも離さず一人、テレビを見ているだけの義父。
耳が遠いせいもあり、会話はほとんど成立しない、言葉が出ない。
もともとそういう人だ、しょうがないと夫は言うものの、

これは危ないかもしれない。。

わたしから介護認定を受け、デイサービスに行くことを夫にすすめました。

義父の受診と介護認定

まず物忘れ外来に義父を連れていき、認知面はどの程度保たれているか調べてもらうことにしました。
その結果、認知症のテストは数点しか獲得できませんでした。
自分の名前と生年月日程度であとは全く点が取れなかった、つまり、立派な認知症になっていました。
介護認定ももちろんそのような認知機能なので、介護度は4。
重い認知症と判断されました。
義母は義父の行動に、細々言う人だったそうですから、義母が亡くなってすっかりストッパーもストレスもなくなってのびのび、というより一人でボーッと過ごしていた2年間。
こんなにも認知機能が衰えるものか、と夫は驚くばかり。
わたしは認知症の方たちと接する仕事なのでこういった経過を辿ることは想像できたので、次に行うことは「一人にしないこと」「できていることを続けること」「できることを取り上げない」でした。

義父、認知症デイサービスに通い始める

こうなったら強制的にもデイサービスに通ってもらう、まずそこから早急に始めました。
当初は機嫌よく、仕事に出かけるかのように通っていたデイサービス。
それも少人数の認知症デイサービスだったため、職員さんたちの対応も手厚く、助かりました。
いろんなアクティビティーや手仕事など、細かいこと、整理することが得意な義父は折り紙や物作りを器用に仕上げては持って帰って見せてくれました。
「よくできてるねえ、すごいじゃない。頑張ったねえ!」と声をかけるとうれしそうにしていたものです。

認知症発症を食い止めることはできたのか

耳が遠くなければ認知低下を抑えられ、認知症にはならなかったのかもしれません。
しかし、それも今となってはどうだったか、判断に苦しみます。
とにかく今まで義母に口やかましく言われ、夫婦で口喧嘩が絶えなかったことから、ストレスも何もなくなった状態で一人、過ごしていたことが一番問題だったと思われます。
人間、やはり何もストレスがない、では生きがいがないのでしょう。
ある程度のストレスはかえって気持ちを若くさせるものだと考えます。

介護はする側もされる側もしんどい

できれば介護はせず、ピンピンコロリで逝きたい。
みなさん、そうおっしゃいます。
しかし、苦しまずに亡くなる方は非常に少ないでしょう。
だったら少しでもお互い負担を減らそう、それしかないのです。
介護はいずれにしても楽しいばかりではなく辛さや苦しみ、泣き言を言いたくなります。
それは介護する方もされる方も同じです。

抱え込まず、周りにオープンにすること、これに尽きます。
ケアマネジャーさんに相談することが先決ですが、社会制度をうまく活用し、介護に関わる人たちが倒れる前に助けを求める。
それも早めに求めることです。

とにかくガマンはしない、抱え込むことはしないで。

悲しいニュースが多い昨今、介護に関わった者として実感しています。

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