がんを超えて新たな人生を歩み始めた私

がんを超えて新たな人生を歩み始めた私

手術前夜、私は一晩中泣いた

四十二歳の時、身体の異常に気づいて婦人科を受診した私は、
一連の検査の結果、子宮頸がんのごく初期にあると判明した。

そのまま都内の大学病院で円錐切除術後に抗がん剤治療を受けるも、
思うように病状は改善しなかった。

結局、四十六歳の夏に私は広汎子宮摘出術を受け、
私は子宮や卵巣、膣の半分を失くした。

国民の二人にひとりががんを経験するといわれる日本において、
もはやがんはかつてのように「死ぬ病気」ではなくなった。

しかし、それは決してがんの闘病が苦しくなくなった、という意味ではない。

手術を受ける前の夜、
私はこれまでの自身の人生を振り返りつつ、つらくて切なくて一晩中泣いた。

余りにも苦しくて二回も睡眠薬を処方して戴いたけれども、
全く眠れないまま手術当日を迎えた。

子宮頸がん、という病気はHPV感染によって起こる。

つまり、性交渉を起因とした病気であり、
それによって女性としての体の機能を全て失うのかと思ったら。

いろいろな負の記憶が湧き起こっては私の脳裏を過った。

余りに苦しくて、私は叫びたくて堪らなくなってしまった。

そこに「子宮頸がん=ふしだらな女性だけが罹るがん」ではなく、
結婚をし、若しくはセックスの経験を有する女性であれば、
誰しも罹る可能性があるのだ。

…なんて理由はその時の私の感情には一切関係なかった。

セックスは女性ひとりだけでできる行為ではなく、
そこには必ず相手である男性が介しているのだ…みたいな話も。

今さら私にはどうでもよかった。

私には「私の上に起こったこの」出来事だけが許せなかったのだ。

失ったものが多過ぎて現実を受容できない

がんによって私が失ったものは「女性としてのパーツ」だけではなかった。

抗がん剤によって髪や体毛も抜け落ち、
以降、私は病前とは全く異なる容姿にもなったし。

治療に使った薬の副作用によって。
私は血栓症から脳梗塞を起こして左半身が麻痺し。
うつ状態に陥って精神科に入院し…

がん以外の病気ですっかり心身が蝕まれた。

固より別れる前提で長く別居していた夫とは、
がんの発病と手術が離婚の直接の原因ではなかった。

しかし、手術直後に成立した離婚によって、
私が家族を失った事実は間違いなかった。

長びく闘病の間には貯金も底を尽き、
治療のために休職を数回繰り返した私は職場をも失ってしまった。

それでも人間は霞を食っては生きていけないから。
私は怠い身体に鞭打った。

動く右手だけでパソコンのキーボードを叩き、
自宅で仕事ができるプロのライターとして再起した。

治療のために出ていくお金はどんどん嵩むのに、
インカムは以前の半分にも満たない。

カネをかけて治療を続けていても、怠過ぎる身体はあからさまに弱っている。
そんな実感だけが自分に残る。

そこまで苦しんで治療を行ったところで…
見えるはずの「幸せな」未来が私には見えない。

がんが「中途半端に」助かる病気になったからこそ、
かつてのように死ぬ病気ではなくなったからこそ。

闘病にまつわる苦しみは増幅したのだ。

…死んだ方が余程ましでしょ。

そんな台詞で「無駄に」生き永らえている自身を呪うことでしか、
当時の私には自分を保つ方法が見出せなかった。

がんという名の「パンドラの箱」を開けた私が苦しみの先に見い出した真実

しかし。
ある時心の中で死ねもしない自分自身に悪態を吐きまくっていた時、
ふと私は気づいた。

健康だろうと病気をして苦しみの中にあろうと。
「未来が見えない」という部分では誰しも同じなのだ。

そして、がんかどうかは関係なく。
この世に存在する全ての人は、
生きている以上、いつの日か必ず死を迎えるのだ。

当たり前といえば当たり前だけど。

がんという目の前の事実のみに振り回されていた私は、
その「当たり前」の人生の摂理すら見失っていた。

誰しも明日のことなんてわからない。

だからこそ悔いの残らないように、
今日という日を大切に過ごさなくてはならない。
この一瞬一瞬に全力投球しなければならない。

人生の時間は限られているからこそ、
物事に優先順位を付けるのを恐れてはならない。

本当にやりたいことにこそ勇気を以て挑まなければならない。

愛すべき人こそ大事にし、共に過ごす時間を大切にしなければならない。

二度とない人生だからこそ、他人とは比較せず。
自分らしく自分の正しいと思うことを貫かなければならない。
自分に正直に素直に生きなければならない。

よりよく生きるために、
時には他人の厳しい意見も受け容れつつ。
時にはノーとはっきり言える自分であらねばならない。

がんという「パンドラの箱」を開けてしまった私が学んだのは。

「今を生きる」という旧くて新しい視点だった。

失ったものも多く、つらい経験も多く味わされたけれども。

生きる上での本当に大切なことを、
心が健康な今のうちに再確認できた点だけは幸せだったと思う。

仮に病気でなかったとしても。
五十歳を過ぎた私には、
きっともう悩んでいる暇なんてなかったはずだ。

今はただ、私が叶えたいと願っていた夢を…
手当たり次第に一つひとつ実現させていこう。

ある程度自分の人生の終焉が、
リアルに視界に入ってきた状態だからこそ。

がんはつらかったけれども、
同時に生きる上で達成すべき目標や叶えたい希望もはっきりさせられた。

そう私は考えている。

がんを契機に、私は心を自由に解き放てたと捉えている。
そんな境地に今の私は在ることを幸せに思っている。

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