五十歳。「おひとりさま」の人生に対する覚悟が決まった

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五十歳。「おひとりさま」の人生に対する覚悟が決まった

二十年間の不毛な結婚生活を終わらせて幸せになる、はずだったのに

離婚した二番目の夫の連帯保証人として負っていた債務を整理し終え、
本当の自由を手に入れた時。
私はすでに四十八歳になっていた。

元夫との間に子がなかった私は本当にほんとうにひとりになれた。

まともに働いてもくれず、ただ妻に暴言を吐くだけの夫。

夫が無職という状況なのに、ただ長男の嫁だというだけで跡取りの男の子を産め。
そう散々責め立てた姑の姿がない部屋でひとりになりたい…。

固より人嫌いの傾向が強かった私は、独り暮らしに過剰な憧れを抱いていた。

ところが…これがミドルエイジ・クライシスっていう奴なんだろうか。

ずっとひとりきりの生活をゲットしたいと渇望していたはずの私が。
しかし離婚が実現した途端、強いうつ状態に陥った。

診察後の帰宅が叶わず、
心身の不調を憶えて受診した精神科病院にそのまま私は三ヶ月も入院した。

言葉ではうまくは説明できないけれども…。

元夫との間にはもはや愛情の欠片すら一切なかったはずだったのに。

永い間願っていたはずの「ディボース」が実現するや否や。

私は自分でもどうしようもコントロールできない空虚感で…
身体中を埋め尽くされてしまったのだ。

「自由には責任が伴う」という言葉をよく耳にするが。

私が心から欲しいと希い続けた「自由」に伴う責任とは…
このどうしようもなくどんよりと停滞し切った感情なんだろうか。

入院した精神科病院の閉鎖病棟の真っ白なベッドの上で、
私は何度もそう自分の胸に問い続けた。

人生のリスタート。心の隙間を埋めるかの如く貪欲に「挑んで」みる

精神科を退院後、別の団地での数ヶ月の仮住まいを経て。

元夫との諸々のトラブルを通じて、DV被害者と正式認定されていた私は、
現在の住まいであるフルバリアフリー仕様の都営住宅に、
優先的に入居&転居となった。

本来「家族用」に設計された床面積57平米の自分専用の城は、
天井も高くて非常に快適な反面。
常に私に「ひとりである現実」を突き付けた。

永い間ずっと憧れていたひとり暮らしだから、
寂しく感じる場面は余りなかったが。

孤独感とはやや異なる空虚な感覚を、
私はしばらく持て余しつつやり過ごしていた。

そんな自身の胸に潜む空虚感を穴埋めするがために。

ピアノ、バンド活動、地域での居場所作り、
ずっと学んでみたかった心理学のスクーリングへの参加…。

結婚していた間にはやりたくてもできなかったことを、
とにかく手当たり次第試してみようと決めた。

何か習い事をし、新しい趣味を始めるには先立つものが要る。

結婚していた間も二人の元夫どもを、
細腕ならぬ「二の腕繁盛記」で扶養していた私だったが。

心の隙間を埋めるという目的も兼ねて、
離婚後はさらにがむしゃらに働きまくった。

結論から言うと、私が挑んだこれらの趣味は、
どれ一つとしてモノにはならなかった。

だが、自分のためだけに使うためのお金を、
自らの手で稼ぐという一連の行動は。

ひたすら周囲から傷つけられまくった私の自尊心を回復させ。

低い自己肯定感のために生きづらさを感じる自身の心をも、
新たな色に塗り替えていった。

やりたいことをやるために、
そのじつ私は相当額のお金や時間を無駄にしている。

ただ、お金や時間をかけた分、
心がみるみる立ち直っていく現実だけをフォーカスするなら。

これらは無駄遣いなんかではなく、
むしろ必要経費だったのだと受け止めている。

離婚後の私は何人かの男性に告白された。

仕事や趣味で日々を充実させると、
自身でも変化に気付けるくらいに心も見た目もキラキラできることを、
私は五十歳にして知った。

新たに恋を経験し、切なくて眠れない夜を繰り返し、
時に嫉妬し疑心暗鬼になり…

私はまさしく恋によって、
忘れていたはずの女子中高生のような感情をも思い出した。

五十歳の自分宣言。どんな時も「今」の私が一番魅力的なのだから

五十歳の誕生日を迎えた時。
私はこの世界にたったひとりしかいない大切な自分と心から向き合おう。
真摯に生きよう。

そう覚悟を決めた。

それは決して「おひとりさま」の人生を選んだ自分への、
ネガティブな言い訳なんかではない。

迷いながらも前に進もうと努力しつつ、
半世紀を生き抜いた自分自身への肯定だった。

令和の今なお、ひとり暮らしをするミドル女性、
そしてシニア女性は何かにつけ社会から「ワケアリ」と見做されがち。
そんな残念な現実がある。

時に世間の人は、
私に面と向かって「寂しい子なし女」「バツ2」「自業自得」等々。
暴言としか思えないような言葉を吐きつける。

だからこそ。私は自分を肯定し、
誰よりも私自身の味方であり続けたいと希っている。

元モー娘。のリーダー、道重さゆみさんの言葉「私に劣化という言葉はない。
今日の自分が一番かわいい私」を…

アラフィフの私もオマージュ&インスパイアしたい。

五十代を迎えた私は「今までの人生において今日の私が一番おとな。
未来の人生を鑑みて今日の私が一番フレッシュ。
どんな時も今日の私が一番最高」。

そう胸の奥で反芻させながらこの瞬間を生きていく。

ただ「オバサン」になっただけでは決してない。

半世紀以上を生きて、私はある程度の経験を重ねて学びを得つつ。
同時に若い子と切なさを少しだけシェアすることもできる。

昔の自分が想像していた五十歳よりも、
実際に五十歳を超えた現在の私はキラキラしつつ過ごしている。

かつて憧れていた五十歳の私の姿の…
さらに予想以上の「アラフィフ」に成長できた今の自身を、
私は褒めてあげたい。

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