十五歳年下のフィアンセ

十五歳年下のフィアンセ

十五歳年下の「元上司」から受けた突然のプロポーズ

五十歳の正月に、
私はかつての勤め先の上司からまさか!のプロポーズをされた。

松も開けぬうちの衝撃的な出来事に、
当初自分でも何が起きたのかよくわからなかった。

職場では確かに上司ではあったけれども…
彼は私よりまさか!の十五歳年下の男性だった。

そんな彼が、実は前々から私自身に好意を寄せていたと語る。

――彼は院卒の三十五歳。
大手IT関連の中間管理職で同世代の倍以上の年収を手にする未婚男性。

強いてマイナスポイントを挙げるとしたなら、
都心から電車で一時間ほどの郊外の実家で暮らしている点くらいだろうか。

対して私はバツ2のアラフィフ。

不釣り合いな結婚の申し出に、私はうれしいのを通り越して。
何か悪い夢に魘されているような思いだった。

私は彼を心からリスペクトしていた。

三十代に入った頃にはすでに課長職に在った彼だが。

本当はお金が溜まったら大学院に戻って、
再び研究生活をしたいというのが彼の夢だった。

さらにはある程度の実績を重ねて。

彼自身の予てよりの希望通りニューヨークの大学に留学し、
もっともっと学問を深めるべく情熱を傾けたいのだと彼は言う。

話だけ聞けば、一見浮ついた夢物語のようにも思えるが。

文字通り「努力の人」である彼は実際に職場でも非常に人望が高かった。
職務上の実績も年々確実に積み上げていた。

同期でも出世頭の彼であれば、
壮大過ぎる夢をも簡単に叶えてしまいそうだ。

彼自身の大きな夢を妻として支えて欲しいといわれれば…
海千山千の年増女たる私も、ただ黙って肯かざるを得なかった。

真っ当な女性になることが彼に対する私なりの応答

――五十歳のキミはしかし、
三十五歳の男性に妻として選ばれるに値したんだよ。

もっと自信を持ってキミ自身を大切にしろ。

…そんな彼からのメールの文面を、私は夜毎読み返して過ごした。

恋心は人を変える。

二度も結婚に失敗し「もうこりごりだ」と思い続けていたはずだったのに。

彼との結婚が決まって以来、
着る服の趣味や口紅の色からして変化した私がいた。

三十五歳の彼に対し、五十歳を過ぎた私があからさまに、
彼の「お母さん」のように傍から映ってはならない。

パッと見だけでも釣り合っていなければ。

そう本気で考えている自分が自分でも愛おしかった。

元々お勉強好きな私だったけれども。

妻としてきちんと彼の会話にレスポンスできなければ嘘だから。

本業のサラリーマンと並行して、
都内の大学のポスドクを務める彼が。

研究している学問分野についても最低限の知識を身に着けるべく…

私は図書館に足繁く通い。

或いはこれまでとは違う毛色の著作を、
自らのKindleにダウンロードしては読み漁った。

入籍するまでに私は、
きちんとした生活習慣を改めて身に着けたいと願った。

プロの物書きという商売柄、
つい昼夜逆転しがちな自身の体内時計を。

私は彼の仕事に併せて朝起きて夜眠るサイクルに修正した。

幼稚園児並みの小食で、
コンビニ弁当でも残してしまいがちな彼に対して…

「妻」になる私は、
ちょっとでもきちんとした食事を摂ってもらいたいと願った。

スキマ時間にはお弁当のおかずのレパートリーを増やすべく…
常にレシピサイトを覗く私だった。

人間として女性として真っ当な私であることこそ。

彼の愛に対する私の応答であり、
彼の求婚に対する自分なりの精一杯の返事だった。

悲しい「初夢」にそれでもありがとうと言いたい

…好きな男性がいれば、
おんなとしてここまで変われるもんなんだ。

ヤバい共依存への第一歩だといわれれば確かにそうかも知れないが。

彼の存在と同じくらい、
私は彼の存在によってこれまでの行動をも変えていく、
そんな自分自身を愛おしく思っていた。

相手がある話であり、詳細な理由は割愛するけれども…

やはり十五歳の年の差、そこに付随する様々な問題を。
しかし私たちふたりにはクリアできなかった。

すでにウェディングドレスは発注済みであり、
結婚指輪に至っては完成して手元に届いた状況ながら。

入籍を目前に私たちは破談、婚約破棄と相成った。

私はひどく傷ついたし、
未だに心の傷が癒えたとはいえないけれども…。

きっと。
彼も私と同じくらいに傷ついたのだと思っている。

傷ついた分、彼には彼の幸せを掴んで欲しい。
私は心から希っている。

私も…彼との別離の理由を自分の年齢のせいにはせず、
あるいは諸々釣り合わなかった複雑な背景のせいにもしないで。

単純に「うまくいかなかったからお別れしたのだ」という事実だけを、
今は見つめたいと考えている。

もう本当に結婚はいいや。
さすがに今回はブレずに強く思っている。

ただ、それとは別に。

私も私の幸せを追求する権利があり、
私が幸せになることが、
彼に対する感謝の念の示し方だと今は思えている。

どんな別れであっても「別れ」である以上、
あっけらかんとバイバイなんてできない。
心は痛む。

だけど、
こんなに悲しみが残るくらいに私は彼を大切に思っていたのだ。

むしろ…悲しいと思うくらいの恋ができてよかったのかな。

お屠蘇気分のうちに始まった儚い結婚話は…
終わったあともひたすら切なく、
年増女たる私の胸を締め付けていくけれども。

永く覚めない初夢を今も見られている、
この薄ら甘ったるい状況に。

夢を見させてくれた年下の彼に。
これだけは自身の本心として…私は心からの「ありがとう」を言いたい。

短い間だったけれども。

ものすごく楽しませてくださって、
悩みもいっぱいくれて…

眠れないくらいの切なさを思い出させてくれて、
本当にほんとうにありがとう。

あなたの幸せを、遠くから憶えて祈っています。

穂花

報告する

コメント

  1. Kana Kana

    はじめまして
    熟読しました。
    気の利いたメッセージは、出来ませんが
    (ごめんなさい)
    女子力って言う力を今一度注入してくれたような気がしました。まだまだ、いける。
    穂花さんにも、彼さんにも
    幸せが舞い降りますように

コメントするためには、 ログイン してください。