ハード面でまず対応:親と同居して介護開始1

ハード面でまず対応:親と同居して介護開始1

事件は介護保険とともに

2000年4月から介護保険が始まったことです。「ぼけ老人」という表現から「認知症」という言葉を使いましょう。そんな空気に馴染めないなあと感じていました。まさか私の親が対象者になりとは、夢にも思いません。生活が乱れて状態は悪く、おまけに距離的には日常面倒を見に行けるよりではありませんでした。前述の「介護保険」も制度が始まったばかりで、どう運用したらいいか分かりませんでした。とりあえず役所にいって介護保険登録をしたものの、親は保険の趣旨を知るやいなや、私には不要と手帳を返納してしまいました。私の家族があり、受験時期にさしかかろうとしていました。当時決めたことは「会社は辞めずに介護と両立しよう、多少の犠牲は目をつぶろう」です。仕事もうまくいっていたし、業績の良い会社だったこともあり、家族のためにも会社を辞めることは出来ません。

ハード作戦第一弾は失敗

ともかく母親を遠方からコントロールしなくてはいけません。まず電話をファックスに変更して、小刻みにコミニケーションして、なんとか規則正しく生活するを期待していました。
基本的にハードは駄目な人で、ファックスを受けられないのです。会って説明すれば分かるというけれど、どうも基本的に理解しないようで、2ヶ月ほどで諦めることにしました。結局遠距離でコミニケーションするのは困難で、私が住む家の近所に場所を借りて同居することにしました。文字で書くと簡単ですが、これも段取りするのに難儀しました。同居したの家族が受験などがあり、非常に困難だったためです。しかし昼間は会社に行くので、勝手に徘徊して行方不明になる恐れもありました。

ハード第二弾位置情報サービスに助けられる

当時サービスが始まっていたGPSを利用した位置情報サービスを利用することにしたのです。これはいまでも商品化されておりましたが、まだインターネットの家庭での接続環境がADSL当時です。携帯電話が主流でスマホはこれからですよの時代です。
幸いなことに母親は外出するときにお気に入りのバッグがあり、常時持ち歩いていました。この中に件のサービスの発信機をいれて利用を始めたのです。
1)良かったこと 位置情報が想像以上に正確
本当はサービスを利用しないのが良い状態ですが、予期せぬ不在があったりしました。ネットにつないで位置を確認するわけですが、その場所が屋外であれば、5メートルも狂っていなかったと思います。家族にも操作方法を覚えてもらって、自転車でそれとおぼしきところに急行したりして、簡単に見つけることが数回ありました。ただし、家の中ではある一定の位置にずれてました。ただ場所に法則性があり、それと分かりましたのでそんなに苦労はありませんでした。
2)苦労したこと 位置情報機器は専用充電池を利用しておりました。電池寿命が短いのです。当時は3日ぐらいで電池寿命でした。予備の電池を購入して母親の隙をみて素早く電池交換をしたのものです。現在の状態はよく分かりませんが、電池寿命が延びていることを期待します。

基本的に困ったこと

最初に書いたように、2000年の介護保険開始時期にいろいろ事件が起こったので、施設や窓口をどうする程度の基本的なことも個人レベルでは五里霧中なことが多く、考えて実行に移すのに覚悟がいりました。やはり情報は大切だなと思った次第です。ただいまは施設も良く目にするし情報も充実してます。家族の協力を得ながら、なんとかその後の介護につなげ、ことが出来ました。なによりも良かったのは当初の目標「会社を辞めない」を守れたことです。継続して働いたおかげで退職した現在も継続して介護が続いております。
そのほか親の介護で工夫して良かったことを機会があればアップして行きたいと思います。

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