年末といえば「忠臣蔵」! だったよね。

年末といえば「忠臣蔵」! だったよね。

「忠臣蔵」は歳末の風物詩

赤穂浪士が吉良邸に討ち入って見事に本懐をとげたのは12月14日のこと。

少し前までは12月に入ると、どこかのテレビ局で「忠臣蔵」を放送していたものです。
主だった大石内蔵助を年代別に並べてみると、

1979年  テレビ朝日「赤穂浪士」  萬屋錦之介
1982年 NHK「峠の群像」(大河)   緒形拳
1985年 日本テレビ「忠臣蔵」     里見浩太朗
1989年 テレビ東京「大忠臣蔵」   松本幸四郎
1990年 TBS「忠臣蔵」         ビートたけし
1996年 フジテレビ「忠臣蔵」     佐藤浩市
2006年 テレビ朝日「忠臣蔵」     松平健
2006年 NHK「最後の忠臣蔵」    北大路欣也

などなど、たくさん並べましたが、これでもまだ一部です。

「忠臣蔵」ストーリー

あらすじを簡単にご紹介すると、

江戸城の松の廊下で赤穂藩藩主の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が高家筆頭吉良上野介に刀で切りかかる事件を起こして、これを理由に切腹となってしまいます。

もともとの理由は、浅野内匠頭が吉良上野介の度重なる嫌がらせに業を煮やして、ということらしいのですが、幕府が朝廷を接待する大切な日に起こした事件だったので、問答無用で浅野内匠頭が罰せられてしまいました。

赤穂藩はこの事件がもとで取り潰しとなってしまいますが、城代家老大石内蔵助を筆頭に四十七人の赤穂家家臣が、臥薪嘗胆を乗り越えて見事、吉良上野介への仇討ちを果たすという物語です。

毎年「忠臣蔵」をテレビで放送していたころは、大石内蔵助を演じるのが今年はどの役者なのだろうと楽しみにしていたものです。

そして「忠臣蔵」のストーリーの中には、決して外せない名場面の数々があります。

山鹿流陣太鼓を打ち鳴らした討ち入りのシーンはもとより、「南部坂雪の別れ」や「赤埴源蔵いとまごい」、「天野屋利平は男でござる」などなど。

今回はその中でも私が個人的に最も好きなエピソード、「垣見五郎兵衛」に関してもう少しお話をさせてください。

どちらが本物? 垣見五郎兵衛

討ち入りの機も熟して、大石内蔵助は天野屋利平が準備した武具を大阪から江戸に持ち込む必要がありました。
いわゆる大石内蔵助の東下りです。

同じ頃合いに、日野家御用人垣見五郎兵衛が重要な用件で江戸に向かうことを知った大石は、垣見五郎兵衛は中山道を行くと踏んで、東海道を五郎兵衛の名を偽って進んでいきます。

しかし、運悪く神奈川宿で垣見五郎兵衛と鉢合わせとなってしまいました。

大石が騙る偽物と本物垣見五郎兵衛が向かい合って対決となります。

本物の垣見が「道中手形」を見せろと迫ると、大石は何も書いていない白紙の手形を差し出します。

本物の垣見五郎兵衛は不審に思いますが、その手形の横にある「丸に鷹の羽」の浅野家の御紋を見つけてすべてを悟ります。

「わかり申した。そなたこそ本物の垣見五郎兵衛。 不埒にもお名前を騙ったことをなにとぞお許しください。」

すべてを悟った本物の垣見五郎兵衛は、自らを偽物といつわり、大石内蔵助の悲壮な決意に報いるのです。

そして、
「この手形は拙者が偽造せし偽物です。どうぞ存分に処分を」と言葉を添えて、本物の道中手形を大石に手渡します。

このシーンは実話ではありません。
しかし、忠臣蔵そのものが、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」を始まりに美しく再構築された、半分はフィクションのようなもの。

そして、この名シーンも演じる役者によって、まったく違った味わいとなっています。

1985年日本テレビ「忠臣蔵」では若いころの西田敏行が、1989年テレビ東京「大忠臣蔵」では片岡孝雄が、2006年テレビ朝日「忠臣蔵」では江守徹が演じています。

個人的には、2006年の松平健の大石内蔵助に対して、江守徹の垣見五郎兵衛のシーンが一番のお気に入りです。

しかしながら、2007年テレビ東京「忠臣蔵・瑶泉院の陰謀」以降は、新たな忠臣蔵も作られていないようでなんとも寂しい限りです。

日本人の心の故郷ともいえる「忠臣蔵」の物語。
現在は、YouTubeで過去の作品を何度も見かえしています。

YouTubeのおかげでいつでも「忠臣蔵」が楽しめるのですが、やっぱり、現代の新しい忠臣蔵をどこかのTV局でぜひ制作してほしいものです。

こころからお待ちしています。

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