【おひとりさま】正しい意味で「ひとりで死ぬ覚悟」を決める・後編

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【おひとりさま】正しい意味で「ひとりで死ぬ覚悟」を決める・後編

【おひとりさま】正しい意味で「ひとりで死ぬ覚悟」を決める・前編より

ひとりだからこそ支援が手厚い部分もある

アラフィフの「おひとりさま」として。
自身が天涯孤独の身である私、前田穂花が、
ずっと重たくてつらいお話を差し上げてきましたが。

当然ながら「おひとりさま」だからこそ、
自分らしく幸せに暮らせる面も往々にしてあります。

例えば。
私が脳梗塞を再燃させて、左半身が完全に麻痺した際。

家族の同意が取れないことがあって、
必要なはずの入院加療はしかし受けられませんでしたが。

代わりに申請後一週間もかからず、
在宅医療の制度が全て拙宅に導入されました。

私は自宅に居ながらにして、
主治医の往診による診察や処置、投薬のほか。

看護師による処置や管理、作業療法士によるリハビリ、
薬剤師による医療用麻薬の調整管理…等々。

入院している状態とほぼ変わらない内容の医療行為を、
きちんと受けられるようになりました。

ひとりのほうがいざという時、手厚くされる場合もあるのは。
老後の単身生活を考える上でも同じだといえるでしょう。

介護サービスはじめ、福祉制度上の各支援は、
困窮の度合いが高い当事者から優先されるシステムです。

つまり、
家族と暮らすケースより、単身生活を送っている姿のほうが、
何かにつけサービス導入が早く決定、実施されがちなものなのです。

生活保護受給で医療や施設入所系サービスに繋がる

年金政策の見通しの甘さから、現在の高齢者は、
国民年金しか受給していないケースも多く見受けられますが。

月額数万円の老齢年金では到底生活できず。
結果、生活保護を受給するお年寄りも多い事実があります。

2015~2017年の厚労省の統計によれば。

現在、高齢者100人中3名は生活保護受給者。

生活保護を受けている人全体の半分以上が、
六十五歳以上のお年寄りというデータもありますが。

別の見方をするなら、
生活保護を受給していれば医療費の問題はクリアできるため、
医療機関としても未払いの心配のない「無難な」患者様。

言うまでもなく、
入院を請けてくれる病院も(いいか悪いかは別として)多く。

介護保険のサービスも各々の介護度に準ずるものの、
無償で利用できます。

さらには。
生活保護を受けている場合で、
高齢になってひとりで暮らすのが大変になったら。

比較的自立度の高い人のための「養護老人ホーム※」や。

※以前の「養老院」が老人福祉法により名称変更
「特別養護老人ホーム」とは違う施設、福祉事務所から入所手続する
 特別な介護を要しない人のための施設(≒介護認定を必要としない)
*下記補足①参照

心身の特別な介護や支援が必要な場合には、
「救護施設※」への入所も選択肢のうちに入ってきます。

※社会福祉法第2条によって定められた第一種社会福祉事業
生活保護法第38条第2項
「救護施設は、身体上又は精神上著しい障害があるために日常生活を営むことが困難な要保護者を入所させて、生活扶助を行うことを目的とする施設とする」

そのじつ地域、自治体によっては。
養護老人ホームは定員割れが生じている施設もままあるとか。

生活保護を受けてのひとり暮らしの場合、
空きがあれば比較的スムーズに入所できる場合もあります。

補足①
養護老人ホームは前出の救護施設同様「社会福祉事業」による施設です。
介護保険による施設「特別養護老人ホーム」とは全く性質が異なります。

養護老人ホームは、生活保護受給中若しくは低所得の高齢者で且つ。

例えば「病気ではない」「身体的に自立していて
(身体介助的)介護は必要がない」「基本六十五歳以上である」
「身寄りがない」「虐待されている」といった方が、
住民票のある自治体の審査に認められたうえで入居が可能です。

つまり。施設に空きがあって、
自治体の審査に合格すれば。

子や孫と離れて暮らしている低所得の高齢の親を、
費用の安価な養護老人ホームに入居させることも可能…
というわけですが。

このような場合でも「単身」で生活していて、
生活保護を受給中など「低所得」と見做される方が、
より支援の必要度が高い、そう判断される傾向が強いのです。

ここまで見ていくと…

ひとりで暮らすことに、
特に寂しさを憶えないということであれば。

いざという時、スムーズに支援サービスが介入するのは、
単身生活を送っている低所得の高齢者。

そう割り切って考えることもできるでしょう。

先のことなんてわからない、死ぬ時は誰もがひとり

鳴り物入りの介護保険制度が導入されてはや二十年。

この間にも、社会の状況はどんどん変わりました。

高齢者のみならず、若い世代すら先行き不透明な未来に…
不安いっぱいな想いで日々を生きています。

その都度、
政治家さんたちは対処療法としての政策を打ち出すものの。

何も追いつかず、
むしろ焼け石に水状態です。

先のことなんて誰にもわかりません。
なるようにしかなりません。

誰もが見えない未来に怯えているのが現代日本のリアル。

取り越し苦労に悩み苦しむよりもむしろ。

どうにかなる、流れに任せよう。

そう思える心の健康さも生きる上では大切でしょう。

加えて。
生命ある以上、どんな人でも必ずいつかは死にます。

よくも悪くも私たち人間の死亡率は100%です。

それなのに。
誰にでも必ず訪れる死について、過剰な不安を抱くのは。

私たちが幸せに生き抜くという見地から鑑みて、
果たしてどうなのでしょう。

さらに。
死とは極めて個人的なテーマです。

私のように家族や親族と完全に没交渉、
天涯孤独であっても。

真逆に周囲に愛されて大切にされていらっしゃるような人も。

どんな場合も自分の死は自分で引き受ける以外ありません。

他人を道連れにしようとも、他人と同時に死んでも。

「死」というもの自体、
死んだ当事者その人だけの問題です。

自分以外誰も担えず、ひとりで死んでいくしかありません。

元旦。死や孤独に悩み恐れるよりも考えるべきは

この世における自分で引き受けるべきことの、
最たるものが「死」でしょう。

だからこそ。

孤独とか死とか…人間にとって不可避なものを、
むやみやたらと恐れる必然なんてありません。

それよりも。
最終的に人はひとりになって、
ひとりになって死んでいく存在だからこそ。

他人の前で不愉快な表情は慎もう。

自分の気分だけで不快な言葉を口にしないよう努めよう。

気分よく機嫌よく過ごそう。

後悔しない人生を意識しよう。

会いたい人にはできるだけ会おう、感謝を述べよう。

行きたい場所に行き、
見たい光景を瞼の裏にしっかりと焼き付けよう…

人生の終焉がリアルに見えてきた、
私たちミドルシニア世代だからこそ。

元旦には正しい意味合いで孤独や死に対する理解を深め。

同時に…

自分らしく人生を駆け抜けるために、
心が何を望んでいるのか。

つまり。一年の始まりである今日を…

私たちが生きる意味や目的についてしっかり振り返り、
生きる幸せを再認識する機会にしませんか。

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