「君は何歳から?」定年退職前後の挨拶

「君は何歳から?」定年退職前後の挨拶

2013年に永年勤めた会社を定年退職しました。二つの問題があったのです。一つは定年後の生活には、定年か再雇用か、最初の選択をするが、非常に悩ましい時期でした。本人が希望すれば、65歳まで雇用も可能だったのです。ともかく最初だけに、きっちりアドバイスしてくれる人もいませんでした。いろいろ模索して、バイトやボランティアした話を書きます。問題二つ目は2013年から、厚生年金支給時期が2年ごとに1年伸びて、最終的に2023年に65歳からになる制度が開始された時でもありました。タイトルの「君は何歳から?」は、厚生年金支給が何歳から?の質問なのです。次の言葉は「それで、どうするの」です。就職も企業が新卒採用を引き締めたころであり、本当に最後まで続くのです。

定年退職(60歳)後の諸手続きの説明会を受講(リーマン・ショック前)

 話は少し戻って、55歳のころ会社から定年退職予定者に、退職前後の集合教育を行いました。当然私も対象者で、全社から該当者が集められたのです。入社・学歴にかかわらず、同じ年かっこうのものが顔合わせをするのです。他事業所のあの人、同い年だったのかと始めてしったりしました。内容はハローワーク登録(含む失業保険給付手続き)、確定申告、国民健康保険切り替えなどでした。内容的にしっかりやれば、1日は必要な項目ですが、内容はポイントだけで軽く流す程度でした。べつに非難しているわけではなく、その後計画が凸凹になった時、自分で考える基本になりました。

結局分かったこと、分からなかったこと

 結局制度の概要と窓口は分かったけど、40年ぶりの就活はどうするの?履歴書の書き方忘れたよ。最近手書きの書類書かないから、ペン習字でも習うか?とか考えた。山下晴雨著「きれいな字が書ける!」が書ける本(2007年)、は今でも書棚に並んでおり、最初のページしか読んでいないのが明白すぎて、こころが痛みます。

退職後の計画(当時)がのどかすぎて震える

 説明会の一番の収穫は、当時の同僚たちの退職後の生活設計の情報交換を行えたことでした。特に営業と製造(三交代制)業種特有の事情もあり、話をする機会が少なかった同年配同僚の話が聞けて、似たような環境であることに安心したものでした。おおむね内容は、退職後1年程度嘱託で残り業引継、その後家庭の事情に合わせて、辞めていきます。会社によっては40代から、早期退職の対象に昨今の事情を考えると、非常に牧歌的というか、微笑ましいとしかいません。嗚呼自分にも良い時代があったと再認識する次第です。

リーマン・ショック後いろいろ考えた

 そんな中、時間が経過して、リーマンショックという黒船が来襲します。あっという暇もなく、売り上げが年俸が、退職後の処遇が発表があるたびに、下方修正されていきます。ここが制度改革のフロントにいると、対象者が少ないこともあり、以前よりランクダウンしていくたびに、会社にも良い分があるでしょうが、気分的には面白くなくなっていきました。幸い、業務引継も簡単に行えるようにしていたので、スパッと引退することにしました。一番大きな要因は、厚生年金が先送りが1年だけで、少し事前学習すると失業保険を貰いながら、求職活動出来そうな望みもありました。定年1年前から、外部講習に出席する時間を確保して、定年就活突破作戦を練りました。

思い出したら定年は何点?

 会社を定年退職当日、要らないといった小さなブーケの入った袋をもって、家に帰るという、恥ずかしい通過儀礼を経て無事に会社をあとにしました。厚生年金を受け取った時点で、会社を辞した当時の初期活動は、家に引きこもることもなく、親の介護していたことも考えると、おおむね75点ぐらいでしょうか。

ここから1年強の凸凹かつ波瀾万丈なシニアの就活が始まるのです。

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