イケてるおばあちゃんになりたい!【女性としての完成形】

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イケてるおばあちゃんになりたい!【女性としての完成形】

憧れの「原宿に住む魔女」は御年八十二歳

先月投稿されたshippoさんのblog記事、

「もてるシニア、素敵なシニア」を拝読し。

私はふと尊敬するイラストレーターでエッセイスト、
2月4日、満八十二歳になられた「原宿の魔女」田村セツコさんの…

こんな言葉を思い出しました。

「私、おばあさんには子どものころから一目置いていたんです。
早くならなくてもいいけど、なるのは楽しみって。

そもそも、おばあさんっていうのは、
もとからおばあさんなんじゃなくて…

赤ちゃん、女の子、色っぽい女の人なんかが、
同じ人のシワシワの皮の中に詰まっていて、
それが過去ではなく現役で存在しているの。

例えば年を取ったらおばあさんらしく、
表向きには渋いものを選んだりするけど。

ビーズやおリボンが好きなのは結構変わらない。

おちゃめな女の子が、シワの中からウインクしているの。
おばあさん自身もウッカリ忘れているんだけど、傍からは見えますね」
(田村セツコ「おしゃれなおばあさんになる本」興陽館)

さらに、八十一歳になったセツコさんが、
女性誌のインタビューに答えた際の一言。

「おばあさんは何を言ってもやってもいいのよ。
おばあさんって男性でも女性でもなく、
“第3の女”って感じでしょ?

誰に話しかけてもいいし、何を着てもいいし、
オールマイティーのフリーパスポートをもらった感じ」。

下の画像は実際の
原宿にたたずむセツコさん(八十一歳)のお姿。

ほら、可愛くて素敵でキラキラ。

お歳を召されてもその柔和な表情に。

まるで少女が垣間見えるかのような、
セツコさんの魅力は皆様もきっとお感じになられることでしょう。

アメブロには可愛くてキラキラなセツコさんの、
画像も…そして言葉も溢れまくっています。
皆様、ぜひ直接セツコさんのblogにジャンプされてください。

https://ameblo.jp/setsuko-tamura/

ちなみに。リンクを貼った、
アメブロのセツコさんのアイコン画像は、
ちょうど現在の私・前田穂花と同い年の頃のお写真だとか。

幾つになっても可愛くて素敵でキラキラ。

そんなセツコさんのポジティブな感性に触れて…
あたしも魅力的なおばあさんライフを迎えられるように、
心しつつ今からがんばろう。

傘寿を過ぎてもキラキラな魅力が溢れるセツコさん。
憧れです。

セツコさんのように…

私自身も常にときめきを忘れず、
いつも楽しくキラキラに。
素敵に年齢を重ね、自分の想いを全うしつつ生きたいな。

そんなわけで…shippoさんのblog記事。
「もてるシニア、素敵なシニア」を、
オマージュさせて戴きつつ。

憧れの田村セツコさんの、
おちゃめでおしゃれなおばあさんライフも、
皆様にご紹介させていただきながら。

shippoさんのblog記事を拝読した感想も交え、
アラフィフ前田穂花としての決意表明を書きたいと思います。

六十どころか五十歳でも早過ぎない、老いてこそ耳順え

shippoさんの記事に出てこられる、
素敵なおじいさまもきっとそうなのかとお見受けしていますが。

可愛く、そしてますます周囲に愛されるように、
キレイに歳を重ねていくためには。

決して意固地になるのではなくて。

他人の話を「聞き入れる」心の柔軟さが、
若い頃以上に求められるような気がします。

私自身はまだ(もう?)五十代に入ったばかりです。

しかしながら、
なまじ経験だけは(それなりに)積んだので…
つい、人生がわかった気になってしまいがちです。

若い方のともすれば傍若無人な言動に。

極力言わないように常時意識していてもなお、
ついつい「最近の奴は」と…
唇からうっかり漏れてしまいがちな私です。

こういった「最近の奴は」的な言動を控えるべく。

私は意図的に若い人の中に入って…
彼らに意見したくなる自我を抑えつつ。

間違っているかどうかは別として、まずは…
若い世代の話に耳を傾けるよう努力しています。

私の中にある「正義」や「常識」が。

しかし現在に生きる若い人の価値観の中にある…
「常識」と同じだとは限りません。

若い世代から見れば単なる「非常識」でしかない可能性も、
往々にしてあるでしょう。

私の考えが必ずしも成熟した観点からの「正解」でもなく。

私にとっては自身の子ども世代の意見が決して…
見識として未熟とは限らず、生き抜く上で「不正解」でもありません。

常識というものの考え方だって同じでしょう。
ダイバーシティー、多様性が叫ばれる今。
この世にはありとあらゆる価値観があります。

私の常識がもしかしたら「みんなの非常識」かもしれません。

ただでも歳とともに意固地で頑固な性格になるものです。
だからこそ私はこう申し上げたいのです。
自我を一旦抑えて、落ち着いて…他人の話を素直に聴こう。

もはや還暦、六十では遅いかもしれません。
私は…「五十で耳順う」そう言い換えています。

そのくらいの気持ちで常に過ごさないと…
素敵なおばあさんに至るどころか、単なる「老害」へとまっしぐら!

それだけはどうにか避けたいものです。

頑固になるから年寄りには伸びしろがない…のかも

「他人の話を聴かない」姿勢はまた。

自分自身の伸びようとする可能性をも、
狭めてしまう危険も孕んでいるかも知れません。

若いとか年寄りとかは関係なく。

心が柔軟な人のほうが変わり得る可能性に溢れている…
≒さらに向上できる可能性が高い、とも捉えられるでしょう。

相手の主張が正か誤か、その判断すら。
きちんと話を聴ける態度を持てない限り難しいものでしょう。

――思えば、まだ幼い子どもだった頃。

私たちは何度となく親や先生、周りの大人たちから…
「他人の話をきちんと聴きなさい」そう諭されたものでした。

そんな私たちも「人生の折り返し地点」を超えました。

今では子どもたちを教え導き、
若い世代の手本や人生の道標になるべき年齢に至ったのだから。

私たちミドルシニア世代こそ。
相手の話に耳を傾ける姿勢を見せるように心しましょう。

傾聴しましょう、相手の主張をまずは受け止めましょう。

例え相手が筋違いの訴えをしていたとしても。
一旦は聞き入れて受容できる心の余裕こそが、
本当のおとなゆえの魅力なはずです。

相手に対する批判や苦言を呈することは、
話を聴き終えたあとでも充分間に合います。

他人を尊重しつつ自分を貫き通す覚悟

ところで。
素敵な八十二歳、セツコさんのお写真を拝見していると。

お若い頃もおばあちゃまになられた現在も、
セツコさんのお洋服のテイストや、
ヘアスタイルが全く変化していないことに驚かされます。

彼女の公式ブログを覗いてみると、
お若いお友達に囲まれている様子の画像も多くアップされており、
可愛らしさについてはお友達に負けず劣らずですが。

同時に素敵にお歳を重ねてこられた、
凛とした表情ものぞかせておられます。

私もこれまでに、セツコさんによる、
いろんなエッセイを拝読させていただきました。

ご自身の著作でセツコさんは。

「欲張りはいけない」「過剰に望んではいけない」
「若い方を尊重しなければいけない」「自立しなければいけない」
「孤独が自分を強くする」…

彼女はそう繰り返しおっしゃいます。

可愛いお洋服やアイテムがお好きだという「共通点」だけではなく。
彼女のカッコいい生き方に見惚れている私です。

基本的には若い方をも尊重しつつ、
自分を凛と保ち、節制と自立を常に念頭に生きて来られた、
そんなセツコさんだから。

私に限らず。
若い世代からの支持を幾つになっても集められるのだ。
そう私はリスペクトしています。

セツコさんはご自身でも公言されていらっしゃる通り、
可愛いものが大好きで「お茶目」が座右の銘。
お召しになっているお洋服はご自身のハンドメイド中心とのこと。

若い頃から「節約のセツコ」と呼ばれていたと語るセツコさん。
物欲が殆んどないとのこと。

“「他人が持っているから私も欲しい」。
そんな気持ちになったことが昔から全くありませんでした”

セツコさんによるエッセイの。
この一文を読んだだけで私は溜息が出ました。

ダイバーシティを妨げるのは「みんな持っているから欲しい」心のせい

他人の持ち物が欲しいという状態は、
きっと自己がきちんと確立できていない証左です。

逆に言えば、意識して物欲を棄てていく作業は…
本当の自分に向き合い、
自分を大切にして生きる第一歩に繋がるかも知れません。

そこで。
このセツコさんの言葉に触れて以降。

私は新しい服やバッグ、ほかモノが欲しいと思った時には。
なぜ「その品が欲しいのか」ということを最低丸一日は考えてから、
買うように努めています。

断捨離云々以前に。

モノをやたら買わない、
モノを増やさないという観点は非常に大切です。

ましてや「モノが欲しい理由」が。
「あの人が持っていたから」では…最悪です。

――よく、子どもが「○○ちゃんも持ってるから」。
「クラスの子全員持ってるから」モノを買って。

そう言ってママやパパを説得している場面を見かけます。

そして。
親としても「みんなが持っているから…」といわれると。

我が子がひとり仲間内でのけ者にされてはマズい!と、
ついその要求を飲んでしまいがちですが。

それって…よくよく考えるとおかしな話です。
他所は他所、うちにはうちの教育方針があるのに。

しかしそのじつ…
おとなだって他人の持っているモノを自分が所有していないと。

本当はのけ者でも何でもないのに、
周りに、時代に取り残された気分に陥りがちです。

如何に自分が確立できていない、自分が空っぽなのか、
気が付くと思わずぞっとしてしまいそうです。

私は自身が車椅子に乗った障害者であるがゆえに。

昨今よく耳にする「ダイバーシティ」という言葉が。
しかし単なる号令か形骸的なかけ声みたいに感じる場面が…

恐らく健常者と呼ばれる皆さんより多い気が自分でもします。

多様性という言葉は一見キラキラと希望みたいな感じに取れますが。

現実はいろんな価値観があって然るべき…どころか。

みんなと同じでなければ不安。そんな考えに…
老いも若きも踊らされているのが日本の現状でしょう。

「みんなと同じだと安心」という概念は。
逆から見れば「違うものは排除していい」という発想に直結する。
そんな危険をも内包しています。

それをあからさまに示すかのような凶悪事件が、
最近立て続けに起きて、
私たちは心を痛めているのも象徴的な事実でしょう。

「お茶目で可愛い」おばあさんも孤独を味わった

“人は驚くほどに幸せなのに、その幸せに気づいていない。

足元の幸せに気がつかないで、
不幸せの種ばかり拾おうとしているように思える。

たぶんそれは、欲張りだから。

歳をとるのはあたりまえ。病気になるのも自然なこと。

ありのままの自分を受け入れて、
欲張りな気持ちを追い出すこと” 

田村セツコ

もう「年齢」という概念も捨てたかのような少女の瞳で、
可愛い服を纏い続けているセツコさんも。

永らく実のお母様と妹さんの介護に当たり、
お二人を看取られ、お見送りされました。

「長男の嫁」だった私自身、
老々介護ならぬ「障老介護」に当たってきました。

今も昔も身内の介護は大変なはずです。
それはセツコさんだって同じだったでしょう。

ご自身は今日まで絵を描く仕事を続け、
当時の女性としては珍しく、
セツコさんはご結婚もされていらっしゃいません。

きっと一般の人以上に。
孤独と向き合い、自立や欲望といった重たいテーマを、
直視せざるを得なかった彼女だからこそ。

艱難汝を珠とす。

キラキラな今があって、
現在の可愛いおばあちゃまの姿がおありなのだと、
八十二歳のセツコさんの笑顔に私は深く考えています。

私が憧れる「可愛いおばあちゃん」になるには。
他人の話に素直に耳を傾け、他人に譲る姿勢。

しかし他人に流されず、
確固たる己を意識して自制(自省)し続ける力。

孤独に向き合う勇気を持ち、ブレない自分を信じられる力。

魅力いっぱいの八十二歳・セツコさんの、
キラキラ輝く珠みたいな言葉や生き方に触れると。

女性としてのカッコいい生き方を学ばされている想いに至ります。

そして。
これは素敵なおばあちゃんになるためだけのものではなく、
自分らしい人生を全うする秘訣のようにも思えてきます。

いつかステキなおばあちゃんに、ということではなくて。

若い女の子も働き盛りのリーマンも…もちろん私も。

誰しもが…今を真摯に生きて、
大切な自身の未来に繋げていかなければならない、
そのための「秘訣」なんだよ。

そう…写真の中のセツコさんの。
「お茶目な」笑顔に言われている気が私にはしました。

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コメント

  1. 穂花さん、私の拙いブログまでリンクしてくださってありがとうございます。

    他人の声に耳を傾けつつ、他人に流されない…本当ですねー。
    心したいです。

    特に私の場合、周りが年上ばかりで若い人の意見を聞く機会が少なくて。そういう機会を大事にしたいと思いました。

  2. shippoさん

    穂花です。コメントありがとうございます。

    たまたま私は高機能自閉症という障害を負って生まれました。
    よくも悪くも場の空気が読めてはいません。

    悪い部分については皆様のご迷惑にならない程度には改善しようと思います。

    ただ、自閉症にもメリットはあって…
    相手によって態度を変えるとか忖度する、ということがありません。
    (正しく言うと「できません」)

    なので。年長の方には素直に教えを乞いたいと思えるし。
    お若い方には新しい価値観を学びたいと思うし。

    外国籍の方には自身の怪しい英語力を試す機会を戴いたと思うと同時に、
    文化の違いを面白がれる、
    若しくは違うことを尊重するきっかけを戴いたとも考えてしまいます。

    自閉症というのはその語感の響きの悪さも手伝ってか、
    すごくネガティブなものに受け止められてしまいがちですし。

    社会的に正しく理解されているとも言い難く、
    私自身は歩けなくて車椅子に乗っていること以上に、
    自分に自閉的傾向や発達の遅れがある状態を悩んでいますが。

    だからといって生まれ持ったハンディである以上。
    今さら悩んだところでどうしようもないから…。

    ジェネレーションギャップや先入観なくフラットに、
    物事を考えられることを自分の強みだと受け止めつつ。

    障害があってもできることは一生懸命努力し、
    既存の能力は温存させ、学ぶ威力も維持しつつ。

    毎日を楽しめたらと今はそれだけを希います。
    もっと違う自分、もっと優れた人間に生まれてはきたかったけれども…

    タラレバ論で苦しむよりは、今やるべきこと、
    今できること、今楽しみたいことに打ち込んだほうが、
    人生の目的を達成できそうに思うからです。

    やりたいと思うことがあるうちは。
    私もまだまだ大丈夫、そう何の根拠もなく信じていられる…
    ある意味健康的な私自身の間抜けさに感謝しています。

    前田穂花

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