「ごめんなさい」から「ありがとう」へ

「ごめんなさい」から「ありがとう」へ

「ごめんなさい」の繰り返しに疲弊した日々が退職の理由

前田穂花です。

私の肺炎生活も10日以上に亘りました。

この余りつつあるヒマを…専ら。

普段なかなか想いが及ばないような点について、
深く考えるための時間に充てています。

ところで。
私は車椅子ユーザーだから。
少し移動する時にも、遠くへ外出の折も…

健康な皆様に比べればどうしても、
他者の手を煩わせてばかりになりがちです。

例えば。
数年前まで私はOLと物書き、二足の草鞋を履いていました。

自身が住んでいる東京と神奈川の県境・町田市から、
都心・中央区にあるオフィスまで。

車椅子を転がしつつ電車を乗り換えて、
毎日片道1時間45分の通勤がルーティンでした。

一日24時間のうち、実に3時間半が通勤に必要。

こんな毎日の生活が疑問に思えてきて。
身体を壊したこともあって…二度目の離婚を機に退職。

しかしながら。
一番仕事をやめたくなった理由というのは…
通勤時間に在り得ないほどのトラブルに遭遇することと。

他者との余計な摩擦を回避する目的で、
通勤中、過剰に「ごめんなさい」と口にする自分自身に…
さすがに愛想が尽いたからでした。

殺伐としたラッシュアワー。自身を守る「ごめんなさい」

自宅から最寄り駅まで、そして電車を降りてから職場まで。
この時間も含めると、正確には片道2時間の通勤となります。

甘えになるかも知れないので余り言いたくないのですが。
車椅子での通勤は皆様が想像される以上に大変です。
気を遣います。

特に首都圏のラッシュアワーというのは殺人的で。
誰もが一触即発、イライラと苛立っています。

そこに毎日車椅子で乗り込んでいくわけですから…

乗っている車椅子に蹴りを入れられたり、
見知らぬオッサンから暴言を吐かれたりは日常茶飯事。

車椅子ごとホームに引きずり降ろされたり。

朝っぱらから苛立ったオバサンに通勤着を破られて。
出社もできず、かと言って破られた洋服で家にも帰れず、
ひたすら途方に暮れた経験も。

※車椅子ユーザー・前田の移動の厳しい実際は以下からどうぞ
「前田穂花のJust Now!」episode #3
https://www.himalaya.com/jp-health-podcasts/just-now-1516556/3-81787604

会社にフレックスタイムの活用を申し出ました。

しかしながら、就業規則上11時から始まるコアタイムには、
オフィスに居なければなりません。

他の方は9時半からの始業なので、
会社の温情に感謝しなさいということでしょうが。

正直…1時間半ほど始業が遅れたところで、焼け石に水です。
ラッシュアワーの移動を回避するまでには至りません。

そこで…やむなく私は自己防衛に。

ヤバい!と感じた時にはすかさず私のほうから、
相手に「ごめんなさい」。

とにかく車椅子の上から「ごめんなさい」と連呼していれば。
トラブルに巻き込まれることも多少は減るので、
安全に移動できることがわかりました。

2時間の通勤中平均50回!私が日々口にする「ごめんなさい」

ただ…日々闇雲に「ごめんなさい」。
そう繰り返しつつの移動は、
だんだんメンタルがおかしくなってきます。

言うまでもなく、ごめんなさいという言葉は本来、
謝罪に用いるためのものです。

それなのに、自分では悪いと思えない場面でも。
単に他の人との衝突や摩擦をスルーしたいがために。

(私は車椅子に乗っていて皆さんの邪魔なのだ、
だからごめんなさいとお詫びするしかないのだ)と。
無意識に脳裏に浮かべつつ、条件反射的に「ごめんなさい」。

…本当にほんとうに心が病みます。

習慣というものは本当に怖いです。
次第に…私は本来ならありがとうと言うべき場面であっても…

無意識に「申し訳ない」「ごめんなさい」と、
そう応答するようになってしまいました。

ようやくこれはマズい!と気づいたので。

一週間の平均を取ってみたところ。

2時間の移動中、毎日平均50回以上、
意味なく「ごめんなさい」と口にする習慣が、
いつしか自身の心身に染みついていました。

単純計算で往復であれば一日100回以上、
悪い事をした実感がなくても「ごめんなさい」と口にして、
トラブルを回避していることになります。

まあ、車椅子が乗っていなければその分のスペースに、
5人は乗車できるというのがラッシュアワーの電車。

…そういう意味では確かに私は邪魔で、
皆さんに迷惑をおかけする分「ごめんなさい」ではありますが。

昨今の障害者ヘイトに懸る事件を鑑みると。
こういう考えに至ってしまう状況のほうがむしろ…
発想として危険かもしれません。

とにかく…毎日心ならずもごめんなさいといい続けて。
ものすごくメンタル的に疲弊したので。

離婚と、そして同時期に頸椎の手術が必要になって、
術後は長い療養生活が見込まれたこともあり、
悩みましたが…退職、物書きに専従する途を選びました。

とりあえず無難な台詞としての「ごめんなさい」

私に限らず。
日本という国では「ごめんなさい」は万能な一言。

本来であればありがとうと言うべき場面でも、
ごめんなさいと繰り返す人はとても多い印象を受けます。

老若男女、子どもからお年寄りまで誰しも、
とにかく「ごめんなさい」といえば場が切り抜けられます。

この国において。
ごめんなさいと条件反射的に連呼するのは…
決して車椅子ユーザーの前田に限らないようです。

派生形の「すみません」もよく遣われていますよね。

取り敢えず「ごめんなさい」そういえば…

その場が丸く収まる日本的な感覚も、
「ごめんなさい」が口癖の人を増殖させる一因なのでしょうか。

トラブルを避けるスキルを身に着けることは、
生きる上でとても大切なことだと思います。

そういう観点から見れば「ごめんなさい」と連呼することで、
他人との余計な摩擦が減らせるのであれば、
一つの手段として活用するのも確かにアリでしょう。

ただ「ごめんなさい」といっとけばいいや。
そこで思考停止してしまっているなら。

それはかなりヤバい状態なんじゃないのかと、私は…
自分のメンタルが不調に陥った経験から感じます。

ごめんなさいよりも「ありがとう」のほうが単純によくない??

脳は口や耳のそばに位置していることもあって。
自身の口癖に相当な影響を受けるとよく言われています。

詳しいエビデンスはネット上にも多数ヒットしますし、
これまでにたくさんの書籍も出されています。
詳細はそちらに譲るとして。

毎日「ごめんなさい」と無意識の癖のようにいい続けると。
気付かないうちに本当に心が参ってしまいます。

退職後、鬱状態の私はそのまま3ヶ月の精神科入院を要しました。
失業保険などの退職にまつわる手続きも、
入院先の精神科病棟で行った記憶があります。

しかし、退院後は逆に。
私は精神科のお世話になる機会も一切ありません。

てんかんがあるので、痙攣を抑える薬だけは服用していますが、
向精神薬や抗不安剤といった類は全て断薬に至りました。

毎日の長時間の通勤が無くなったことで、
ストレスが減ったというのも確かに大きいかと思っています。

でも、それ以上に…通勤をやめた結果。

「ごめんなさい」と過剰に口にする必要が無くなったことが、
心の健康に少なからぬ良い影響を与えたのではないかと、
私は感じています。

ラッシュアワーの電車内で「ごめんなさい」「すみません」。
毎日そう口癖のように繰り返していた頃。

私は完全に思考停止し、感情が麻痺していて。
ありがとうと言うのが妥当なシチュエーションであっても、
反射的に「ごめんなさい」と口にしてしまいがちでした。

当時の私のような人に、
今でも街でよくお目にかかります…

しかしながら。こちらが善意を以て行ったこと、
掛けた言葉に対しては、
相手の方が「ごめんなさい」と返してくるよりむしろ。
ありがとうとおっしゃられたほうが。

私としてもずっとうれしい気分になることにも、
気付くことができました。

相手もうれしくなる、自分の心も健全に保てる。

そんないい効果が見込めるのであれば…
単純にごめんなさいより「ありがとう」を推奨したいよね。

最近、私はそんな想いをさらに強くしているところです。

謝罪の言葉は心から反省する時だけに

先にも申し上げましたが。
本来「ごめんなさい」という言葉は謝罪のためのものです。

本当に反省した時だけに「ごめんなさい」といいたいものです。

物書きとして対価を得ていると。

言葉には魂がある、そんな「言霊」の存在を…
一般の方以上に強く感じる場面がいっぱいあるのですが。

幾ら時代に合わせて言葉は変化するとは言えども。

本来の言葉の使い方を正しく守らないと…
言葉はどんどん「チャラ」くなって、安っぽくなってしまうのです。

安っぽい言葉はその分他人の心を傷つける道具になりがちです。

言葉でごはんを食べている私としては、
自身の紡ぐ言葉を、
そんな、
誰かを傷つけるためのツールに極力変換したくはありません。

さらに。ごめんなさいという言葉は謝罪や反省といった、
自身に対する内省という行為、
自分の内面の成長を後ろ押しするための語でもあります。

だからこそ。本当に反省し、
自分の言動がなぜ悪かったのか心から理解した時のみにしか、
遣ってはいけない言葉だと。

私は子どもの時から時折考えてきました。

「ごめんなさい」という言葉は。
しかし安易に遣う事を繰り返すことによって。

自分自身の反省という行為、自身の謝罪自体が、
どんどん軽く安っぽくなってしまいます。

取り敢えずごめんなさいといっておけばいいや。
そんな適当な反省は、結局…
同じ過ちをまたもやその人に冒させてしまうものです。

適当に「ごめんなさい」と吐いた、その反省の言葉は…

しかし事なかれ主義的な、その場さえ繕えればいいや。
そんな感情が見え隠れしている以上、
謝るべき相手への謝罪にすらなっていないでしょう。

その場凌ぎに取り敢えず吐いた「ごめんなさい」と。
かつて混雑した電車の中で、
毎日私が片道50回繰り返していた「ごめんなさい」。

どちらの「ごめんなさい」も出処は同じ…というか。
全く同じ匂いがする感じがして、不快感すら憶えます。

過ちを犯してしまった時。
同じ失敗を繰り返さないために私たちができることは唯一、
「考えること」だと思います。

具体的には。なぜ自分がそのようなことをしたのか、
何が失敗に繋がる直接の原因となったのか。

同じ失敗を繰り返さないために。
自分にどんな取り組みができるのか…を、
真摯に考えることが「反省」だと思います。

一連の「反省」に連なる作業が安っぽくならないためにも。
同じ失敗をまたもや繰り返してしまわないためにも。

安易に「ごめんなさい」といっとけばいいや。
そう考えるのはやめて。
本当に悪いと思えた時に限り「ごめんなさい」という。

謝罪の言葉を安易に口にしないことも…
真っ当な人生を貫くためにとても大切だと私は考えています。

笑顔でありがとうと言える人になりたい

最後に。この頃…何だかつまらない感情を吐露しがちだから。
たまにはキュンと来るような?お話をしますね。

前田が「JK」。つまり高校生の頃。
3年間同じクラスだった「どらちゃん」という男の子がいました。

当時、流行っていた幼児向け特撮番組「電撃戦隊チェンジマン」の、
リーダー・チェンジドラゴン役の俳優さんに、
彼が何となく似ていたので、そう渾名していました。

「どらちゃん」という何となく間抜けな語感は…
付けたのがこの穂花ちゃんだから(苦笑)。
ドラ○もんとは何の関係もありません。

高校3年間「室長(いわゆる学級委員のこと)」を務めた彼は、
当時から人望も厚く。

数年の自宅浪人を経てある国立大学に入学、
教員採用試験に合格し、今は小学校の校長先生に。

とにかく。
その…人望厚い(クラスのみんなをかばって矢面に立ち、
ひとりで先生にびんたを張られたりも)室長でサッカー部の、
部長のどらちゃんは。

よくこう口にしていました。
「笑顔は世界共通のパスポート、ありがとうは平和にさせる言葉」。

どらちゃんはよほどこの言葉がお好きなのか。

卒業アルバムにもでかでかと寄せ書きし。

他のクラスメートが生徒会役員に立候補した際の、
応援演説でも…そう叫んでいたどらちゃんの記憶が。

一応、文芸部長ではありましたが…

女子高生・穂花には彼の台詞のよさなんて、
しかしさっぱりわかりませんでした。

先生を目指しているくらいのどらちゃんだから。
こんな胡散臭いことが言えるのかな?

青臭い当時の私にはそういう理解しかできませんでしたが…

五十歳を過ぎてみて。
なるほど、と彼の口癖に妙に頷く私がいます。

特撮ヒーローのように正義感が強くて。

高校の恒例行事「阿蘇縦走(雪山を10キロ以上…
競歩するものすごい遠足)」で。

雪道がわからず迷子になった間抜けな前田を、
何やってんだ!といいながら、まさかの助けに来てくれたり。

本当に女子高生は見る目が無いのですが…
彼の正義感が強すぎて、
当時はなんだかな…と思っていたどらちゃんが。

今は素敵な奥様と家庭を築いて子どもさんにも恵まれ。

立派な教育者として未来の「ヒーロー」を、
たくさん世に送りつつあるという近況を聞いて。

何だか自分自身の成功みたくうれしくなりました。
私もトシを取ったのだなあと思います…。

ちょっと甘酸っぱい?記憶なども織り交ぜつつ。

笑顔は世界共通のパスポート、
ありがとうは平和にさせる言葉…だそうですので。

私も笑顔で「ありがとう」といえる人でありたいです。

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コメント

  1. 先週末、再度肺炎の検査を受けました。
    結果は…「陰性」。

    まだ完全に回復したとはいえないまでも、良くなってよかったです。
    温かいエールをくださった皆様、回復に向けてお祈りくださった多くの皆様。
    本当にほんとうにありがとう。

    そういえば…
    上掲の「どらちゃん」のエピソードでも触れましたが。

    高校生の頃の私は文芸部の部長でした。
    年はやや離れていますが、同じ高校の文芸部の部長に、
    あの「銀河英雄伝説」を世に送られた田中芳樹先生がいらっしゃいます。

    今年はまた「銀雄伝」をモチーフにした新作アニメやゲームが出るみたい。
    同じ文芸部に素晴らしい先輩がいらっしゃってなんだかうれしいです。

    折しも確定申告の季節。
    私も田中芳樹先生のように大ヒット作をバーン!と飛ばし。
    高額納税者になりたいな。

    そして…今まで障害があるが故にいろんな面で公費で賄って戴いた部分について、
    少しでもお返しし、さらには逆に納税で貢献できる自分になれたらいいな。

    とか夢を見つつ…
    ただいま、僅かばかりの税金を納めるべく青色宣告の書類を作成しています。
    うん、夢を見るのは自由だから♡

    ほのか

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