雨が降らなければ虹は出ない

雨が降らなければ虹は出ない

スロハピ世代のみなさん、元気していますか?
50代になり、人生感が変わりました。30代の頃は別居、離婚、就活・・・「大殺界」だったのかな、人生一番辛い時期が5年以上続きました。

東京都心で生まれ育った私は、41歳で地方へ移住して15年目になります。当時の苦しさを考えれば、今こうして50歳を過ぎて生きているのがありがたいと思います。

今日は、お茶を飲みながら私の体験談におつきあいください。

別居のきっかけ

別居したきっかけは、夫のギャンブル癖でした。子どもになかなか恵まれず、不妊治療をした時期もありました。35歳から5年間、母が一人暮らしをする狭い実家へ転がり込んだわけです。

今から25年前。分譲マンションを購入した当時、夫の年収が足りず妻の私が住宅ローンの保証人になりました。住宅ローンの利率は5%以上だったでしょうか。

競馬好きな夫は、土日は必ず競馬場通い。それだけではなく電話投票で馬券を購入していました。住宅ローンは5年毎に返済額が増えるステップ式。馬券を購入するお金が足りず、カードローンに手を出していたのです。

母は厳しかった・・・

別居しても夫から生活費はもらえず、派遣の契約が途切れては次の職場へ行くような生活でした。

母には優しい言葉をかけてもらいたかったなぁ。だけど、母は厳しかったですね。

派遣の仕事が途切れる時期もありました。それでも、「ここは私の家!生活費を入れてちょうだい!」こんな鬼母でした。(お母さんごめんなさい)

母と二人きりの生活に息苦しくなり、離婚後の安定した生活を目指し就活に励みました。

派遣切り、就活、パニック障害へ

やはり、40歳手前の年齢がネックになり正社員になる厳しさを味わいました。

そんな時、かねてから夢だったキャリアコーディネーターのアシスタント業務が、派遣会社からオファーがあったのです。

社内の産業カウンセラーと交流を重ね、資格取得の目標を掲げました。
そんな時・・・、就業先の人材会社が吸収合併されることになり、派遣社員が一斉にカットされたのです。

お金もない、仕事も失い、夢も希望もなくなった私は鬱からパニック障害になりました。
この時だけは、さすがの母も優しかった。近所の人が通院する心療内科へ連れて行ってくれました。

「屋久島へ行ってみない!?」

父の遺影を見つめ、魂の抜け殻のような生活が続きました。そこへ声を掛けてくれたのが、当時仲が良かった友達Kだったのです。

「屋久島へ行ってみない!?」
「……」
寝たきりの私に無謀なことを言う?と耳を疑いましたが、親身になってくれるKの話に胸を打たれ、惨めな自分を変えたくて、甘い自分を痛めつけてやりたいと思ったのです。

Kの夏休みに屋久島へ「行く」と決めた週末、アウトドアショップでトレッキングシューズを新調。その晩、私は歩くことから始めてみました。夏の太陽の日差しと楽しそうにはしゃぐ若者の姿は病気の私には眩しすぎたから…。

夜のウォーキングを1ヶ月続けて、行ってきました!屋久島へ。

縄文杉ツアーに参加

ツアー客の中に、銀髪のご婦人がいました。若い頃から登山が趣味で、足を骨折したことがきっかけで、リハビリを兼ねて屋久島登山に参加したと話していました。

母と同年代のご婦人が過酷なトレッキングに挑戦しようとしている。私も成し遂げてみたい!屋久島の空気がそう思わせるのです。

明朝、朝5時。
「行ってらっしゃい。気をつけて」

民宿のオーナーが登山客一人ひとりに手渡してくれた竹の皮に包んだおにぎりの味を一生忘れません。

「私の人生は、今ここなんだ」

6時半出発。樹齢推定8千年といわれる縄文杉を目指して、片道6時間のトレッキングコースをひたすら歩き続けました。

手摺のない吊り橋、隙間の空いた板の上を渡る恐怖に足が竦みました。私が渡らなければ他のメンバーの足を止めてしまうのです。

ペースが遅くなれば縄文杉に辿り着くのが昼過ぎになってしまうのです。一歩足を前に踏み出してみました。

「私の人生は今、ここなんだ」そう問いかけながら。

何度も立ち止まっては岩水をペットボトルに補給。ひと口含んでは歩き、また立ち止まり・・・。

休憩所は一ヵ所のみ。挫折すれば他のメンバーが折り返し戻るまで一人で待機するか、一人で下山するか、選択肢は2つ。パニック障害で引きこもりだった体力のない私が、なんて過酷なチャレンジをしているのだろうって。

縄文杉の前で涙が溢れた

屋久島といえば月のうち35日雨が降るといわれる通り、幾度となく雷とスコールに見舞われました。険しい山道のほとりには、一面に生い茂る緑色の絨毯。

雨上がりは夏でもひんやりと涼しかった。腹式呼吸で歩くためか、パニック発作が現れることはありませんでした。
これがパワースポットのエネルギー?樹の気なのでしょうか。

ついに、世界最古の縄文杉の前に立ったのです。
聳え立つ樹齢8千年の縄文杉を前に、泪が溢れました・・・。

「私はなんてちっぽけなんだろう…」

屋久島登山の帰り路。雨上がりの曇り空を見上げると、七色の虹のアーチがただただ眩しかった。

私の脳裏にこの言葉が浮かびました。
『雨が降らなければ虹は見えない』・・・

こうして私は雨上がりの虹に辿り着くことができたのです。

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