「療養」のつもりが・・・地方へ移住して15年目の春。

「療養」のつもりが・・・地方へ移住して15年目の春。

スロハピ世代のみなさん、元気していますか?
今日は、前回のブログの続きを綴らせていただきます。
お茶を片手にコーヒーブレイク。私の体験談におつきあいくださいね。

屋久島登山を完遂してパニック障害を克服したと思っていたら喜びもつかの間、
別居中の夫が住宅ローンとカードローン諸々を自己破産するといってきました。
夫が自己破産をすれば連帯保証人の私も自己破産をしなければなりません。

またしても壁に突き当たりました・・・。
自己破産をするには弁護士に手続きを依頼しなければなりませんし、相談するにも費用が掛かります。
弁護士に代理人を依頼して自己破産を申し立てるには、
着手金+報酬金合わせて35万円以上(当時)費用が掛かります。
そんなお金があればそもそも自己破産はしませんよね。

実家の母は年金生活者、姉は子育ての真っ最中。
父は私が20代の頃に癌で他界。

まとまったお金などなかった私は、出来るだけ費用を安く済ませようと東京弁護士会の無料相談会に参加。パニック障害で通院中の事情を察してくれた弁護士が、破産成立後、就職してから毎月少しづつ返済してくれればいいと言ってくれたのです。

その後、正社員の就活をしながら派遣スタッフとして働きました。頭の中は先々の不安とプレッシャーに追い詰められ、屋久島でもらったエネルギーはすっかり消沈。再びパニック症状が現れることに。

職場で平静を装い仕事をするのも困難でミスの連発!
体調不良で仕事を休む日が増え、精神状態の限界に・・・。
破産者は信用情報機関のブラックリストに登録され、免責から約8年間はクレジットカードが使えない、作れないのです。

そんなことを考えて眠れない夜が続き、お酒に溺れる日々。

そんな時、地方で暮らす友達と交わすメールが支えでした。
のんびりとした地方暮らしが羨ましいと思ったものです。
30代独身の友達が、私の気持ちなど理解できるわけない!、と心を閉ざした私。当時は人間不信になっていましたから。

「先のことは考えないで。療養のつもりでこっちへ来たら」と声をかけてくれたのです。

その言葉だけで充分・・・。
繰り返すパニック発作を派遣会社はもちろん就業先にも言える事情ではありませんでした。契約満了まで何とか仕事に通いましたが、その後の生活の保障などありませんでしたから。

先行きの不安に不眠・鬱・動悸・息苦しさが次々と現れ、
弱っていく娘に、
「何もしてあげられなくてごめんね・・・」、と母がポツリ。

いつも気丈な母・・・高齢の母にこんな言葉を言わせてしまう自責の念。医者からは入院を勧められるものの、入院費が払えないことがまた不安材料に。公的機関を調べる事すらできなかった。

元気になるために療養したくてもお金がない!どんどん卑屈になっていく自分。
思い切って、地方の友達に頼ってみようかと思ったのです。
ただ純粋に「がんばらなくていいんだよ。元気にならないとね」、
その言葉にフワっと力が抜けました。

療養の話を主治医に相談すると、
「それも一つの方法かもしれない」と。
ただし、地方へ行っても適切な治療を続ける必要があるため、新しいクリニック宛に紹介状を書いてくれたのです。

こうして知らない土地へ療養しに行く決意をしました。
友達が当時借りていたマンションの1室を私にシェアしてくれました。
当初は土地勘がなく不安でしたが、新しい土地の空気に慣れようと前向きな気持ちになれたのです。
私の地方暮らしがはじまりました。

それから半年—-。土地勘を覚えるために毎日電車に乗りました。
途中急行に乗り換えて繁華街へ出るには片道1時間かかります。
近所にある一番近いスーパーやTSUTAYAに行くにも30分歩くとは。。。
何をするにも歩かなければ店に辿り着くことができないことが当初は苦痛でしたが、歩くことが健康的なことを思い出させてくれたのです。

規則正しい生活をして、毎日歩き、自炊したご飯を食べる。こうした平凡な日々が過ぎて行きました。

半年後—-。派遣会社に登録して短期の仕事からはじめ、弁護士費用を少しづつ返済していくことを目標に。

それから2年—-。
私を支えてくれた友達と入籍。
新しい生活をスタートするために新居を構えました。
45歳で愛犬を家族に迎え、犬の飼える分譲マンションを購入。
前夫と別居してから10年。離婚後、自己破産をして5年の月日が過ぎていました。

真面目な夫と安定した生活を手に入れることができたのです。
療養のために地方で暮らす予定でしたが、新しい環境と新鮮な空気が私の心を健康にしてくれたのです。
そして何よりも今の夫に感謝。

35歳から波乱万丈の人生でした。
生まれ育った東京を離れ、家族や地元の友達と離れるには勇気と覚悟が必要でした。
だけど、思うのです。
人生壁にぶち当たって八方塞がりになった時は、
「環境を変える」、というのも一つの方法ではないかと。

あれから15年目の春を迎えます。
50代になって子ども関連のボランティア活動をはじめました。
子どもを産んで親になる夢は叶いませんでしたが、事情があって施設で暮らす子どもたちの季節里親として、年末年始や夏休みにはわが家にショートステイさせています。

私の人生はまだこれから。。。
若い頃と違って体力やエネルギーはないですから、無理はできないことを実感(苦笑)。
若い頃はがんばることしかできない不器用な人間でした。
のんびりとした性格の年下の夫と暮らすうちに、肩の力を抜くことを学んだ気がします。
己の力量を知り、現状の生活に満足することを覚えたかもしれません。
目下、新しい楽しみを模索中!

健康でご飯が食べられる幸せを噛み締めています。

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コメント

  1. はじめまして。前田穂花です。

    先ほどは拙記事に「いいね」戴きありがとうございます。

    前のトピックから続けて拝読させて戴きました。

    現在のお幸せもきっとcoco花さんがとても魅力的な女性で、
    且つ病気を経験されても前を向ける強さをお持ちだったからこそ、
    旦那様に見初められたのだと思います。

    拝読しつつ、
    私もまるで幸せをおすそ分けして戴いたような気分になれました。

    併せて、僭越ながらcoco花さんのさらなるお幸せを、
    お祈りせずにはいられませんでした。

    月並みではありますが。

    お若い頃のご苦労が多かった分、
    この先にあるcoco花さんと旦那様との未来が、
    より一層幸せでキラキラと輝くものでありますように。

    穂花

  2. コメントありがとうございました♪

    私も穂花さんのブログを拝見させていただきました。

    とても前向きで明るい笑顔が素敵な方ですね。

    私の過去の話はようやく人に話せるようになりました。

    私も穂花さんのように素敵な笑顔でいたいと思います。

    その後体調はいかがですか?

    新型コロナの流行で世の中自粛モードですが、

    春の訪れが待ち遠しいですね。

    4月からの完全復帰(?)私も応援していますよ!

    coco花

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