■『女2人旅 バリではじめる心の終活』  卑近な例を示せば・・・

  • HOME
  • Blog
  • 終活
  • ■『女2人旅 バリではじめる心の終活』  卑近な例を示せば・・・
■『女2人旅 バリではじめる心の終活』  卑近な例を示せば・・・

□ 厄介なのはこころの「終活」

「心」の終活

知人から、昨夜メールが届きました。“今日は悲しいお知らせです。Yさんが、亡くなられたそうです。急なことのようでした。”
「えっ」言葉が出てこない・・・ぐるぐるとシーンだけが頭を回りますが、言葉にならないのです。悲喜交々(こもごも)など流暢な単語を使っている場合ではないのです。何しろ、亡くなる年齢ではない・・・という確信があったからです。

指を折ってみると、メールとか手紙・電話でのやり取りはしていても、10年経って数回の出会いでした。他の知人のように、出会って食事をするとか、他愛のないおしゃべりを交わす事でもなかったのです。
Yさんの魅力は何だったのか、気になって考え始めました。

もしかしたらYさんは私の事が、範疇(はんちゅう)にはなかったのかもしれない。もしかしたら、胸中を訴えたかったのかもしれない。もしかしたら・・・と考え始めるとズルズルと続きます。

思い出せば、優柔不断な私から見ると、潔い人でした。
結婚した相手が、何年暮らしても、よくわからないから別れて、帰ってきた!
それに住む土地も、何年住んでも好きになれなかった! 
我儘に聞こえるようで “帰ってきた理由” だから納得するのです。Yさんが話すから納得するのかもしれません。

巨匠を師としたYさんは、出会うと私が喜ぶ、師との会話の内容を話してくれていました。
Yさんを通しての師の話は、興味深いものがありました。私がその師から同じことを聞いても、多分違う解釈をしたかもしれません。Yさんの心象を通しての話が、良かったのかもしれません。

師いわく、織物作家は 「向こうから素敵な人が歩いてくる。近くに来て見ると、素晴らしい着物です。着物がその方の品格(クオリティ)を上げています。着物が歩いているようでは、役に立たないのです。」と、いつも言われたのよと、Yさんは笑って語っていました。

特筆すべきは、巨匠というのは知れ渡った名の方です。
このことを話してくれたYさんは、美術館の展示作品であろうと、奇をてらわないのです。Yさんの生活をする周りの自然からイメージした作品です。
触れると、何とも嫋やかな布(紬)です。この師の話は、いつも私の心に折り畳み、必要な時に取り出しては戒めます。

どんな作家でも、一年に一度の美術館での展示は“神の声“を聴くように大作を仕上げます。思い出しても、Yさんの作品は、技術が先行していない布でした。「不作の学年だったのよ。」が口癖でした。

私はYさんの修飾語のない、端的な言葉が好きでした。持って回った挙句、結論は二言、三言でしかないことが多い私は、羨ましいところでした。大抵、忙しい展示の仕事の合間に、持って来た手弁当を陽が傾きかけた、美術館(休館日)の隅で食べながらの話でした。

周囲の人々が徐々に少なくなるのは、このような事なのか、あるいは意識していなかった大切な人を亡くしたせいなのか、もう一度心に問いかけてみるのです。これまで問題意識が、少なかったかもしれないと思います。

何気なく過ぎていく、今の自分の暮らしに、幸せが潜んでいるのかもしれません。
文字にしてみるとYさんがいなくなった現実を、少しづつ受け入れることが、出来るようになりました。

・笑顔や性格のかわいらしさ
・上品さや気品がある
・聡明さがある女性は信頼される
・余裕と穏やかな表情で見せる色気
・親しみやすく癒される
        ( Girlswaikerより)

そもそも「女の魅力的な要素」とは、検索すると内容は当然の事ですが、Yさんが上の5項目を備えているのかいというとそうでもない普通の人でした。

■ 春浅し「道の駅東山道伊王野」 大きな二連水車で蕎麦粉を引いています。木蓮・桜の蕾はまだ堅い。

□ そこで! 
”繋がり” の私見です。

SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)が盛んになって「親しさ」の基準も変わって来た気がします。
家族間の連絡は別にしても、何年も会ってなく、ただ年賀状が行き来しているだけの人、メールがいつも来る人、メールが来ない人、メールで近況を知っているだけの人、使い分けは複雑です。
どちらかといえばYさんは、連絡が行き来するタイプではなかった気がします。

私の場合は、日和見的で気恥ずかしくもありますが、メールは送ってきた相手に合わせています。自分からアクションは起こさないタイプです。勿論、年賀状も同じです。

この辺りが、真の人間関係のあり方になっているのかもしれません。Yさんの事を連絡して下さった方もメールでした。いつもインスタグラムやメールのやり取りで理解しています。しかし、気持ちは合っていても真のところは分っていないのかもしれません。

子供を持たなかった知人は、完璧な「終活」を業者に依頼しています。15分程ですべて終わったそうで案外サッパリした様子でした。これはつながりの少ない事例です。

□ 今今の「まとめ」

個人差はあっても、事務処理(手続き)より厄介なものが、心の「終活」なのかもしれません。一つづつ記憶が曖昧になって忘れていくのが「心の終活」になるのかもしれません。
賛否両論あっても「認知は神様の贈り物」はあながち嘘とは思えません。

これも検索すると本がありました。キーワードは “心の終活”です。 

* 『女2人旅 バリではじめる心の終活』 吉本ばなな 書評 
* 『イラスト 楽しいこころの終活』

報告する

関連記事一覧

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。