【コロナ疲れ?】メランコリックな日々。五十代・ほのかな不定愁訴

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【コロナ疲れ?】メランコリックな日々。五十代・ほのかな不定愁訴

コロナ疲れ?現在、精神科のお世話になっています

前田 穂花です。

やっと肺炎も寛解し、元気になりました…
といいたいところなのですが。

実は自分でもコントロール不能の気分の落ち込みで、
現在、精神科のお世話になっています。

加えて。
昨今のコロナ騒動の報道によって…
心がどんどん消耗していく感じです。

新型肺炎に罹患することや、
経済的にさらに困窮していきそうな状況に対して、
不安だというのとはちょっと違うのです。

こういう表現がいいかどうか??なのですが。
心が疲れた、心理的に摩耗した…イメージ。

友達のなかには、コロナウイルス拡大による業績の不振から、
勤務先から自主退職を求められた人や。
すでにリストラ対象になり、職を失った人なども現れました。

仲のいい友達が実際に失業すると、
生活の不安はリアルに「私自身のモノ」として、
胸を締め付けていく感じです。

気分転換に楽しい情報を得たくてネットを立ち上げれば。

私がライターになって、はじめてのインタビューを受けて戴いた…
志村けんさんの訃報が。

実際にお目にかかった方が亡くなったことを知るのは悲しいです。
本当にほんとうに心が痛いです。

最近では「アヴェ・ハート」首相や、
「マダム・スシ」都知事の緊急会見などを、
ネット配信で観るだけで…
私は苦しい感じが抑えられなくなって吐くようになりました。

心というより身体がこの状況を拒否して、私は嘔吐しまくりです。

だんだん「こいつら、本当に私たち庶民の傷みを理解できてるのかな?
どうせ上級国民だし、底辺の庶民が病んでも死んでも、
へいちゃらなんだろ?

だからこんなに上滑りな言葉を、
顔色一つ変えずに平然と吐けるんだろう?」。

そう胸糞悪い感情が渦巻くようになりました。

特定の政治家に対し憎悪しているわけではありません。
この苦しい状況に、一部のリーダーの表情がシンクロすると、
条件反射的に苦しくなって吐いてしまうのです。

余りにつらいので…ここ数日は新聞やテレビは勿論、
ネットニュースすら観ないようになりました。

今も、気分的に疲れない程度にニコニコ動画で、
おバカなMMDなどは観ていますが…
能動的な事、例えば自身が投稿する、ニコカラで歌う…
そういう元気が最近の私にはありません。

――そして…神経が逆立つような感じで、
疲れすぎて夜も眠れなくなってしまったため…

現在、私は精神科のお世話になっています。

実際の症状。夜眠れないのはつらいな

診察の結果、今の私は抗うつ剤が全く効かない…
(むしろ躁状態になって夜も眠れない)こともあって。

抑うつ状態が間違いなく確認される病状ながら、
私は現状「うつ病」という診断はなされていません。

敢えて主治医は「神経衰弱」なるファジーな診断名を、
私に下しています。

本来、医学的に「神経衰弱」という病名はないそうなのですが。

病気そのものの苦しみだけではなく、社会的な面でも…
まだまだ不都合な立場に晒されやすい、
メンタル不調の患者さんを守るためには「便利な」病名。

…そう主治医の先生がおっしゃっていたのが。

個人的には強く印象に残っています。

ほか、合併症としてはうつ状態から来る不眠症。

そして「身体表現性障害」。※後述
具体的には四六時中、耐え難い全身疼痛に苛まれる…
激しい症状と向き合って過ごしています。

私のメンタルが不安定になるまでの経緯

私は生まれた時から高機能自閉症と難治性てんかんという、
障害を負って生まれました。

日本においては「みんなと同じ」であることが、
一番「望ましい状態」であり、
協調性を以て他の子と同じことがそつなくこなせることこそ、
立派な社会人に必要な「教育の目標」となりがちです。

逆にいえば、そこからはみ出す子どもは…
どんなに評価すべき個性や能力があったとしても、
全体を乱す「悪い子」でしかありません。

そういう意味で、何をやっても他の子とは異なる私は、
常にダメな子でしかありませんでした。

作文や絵など、他の子より得意なこともあったし、
ピアノを弾いたり声楽を学んで歌ったり、
個性的な長所もいっぱいあったし…

自閉症児の特徴として、記憶力だけは抜群であり、
学業の成績も決して悪くはなかったにも拘らず。

私は常日頃から「ダメな子」「悪い子」「要らない子」。
そう最低の評価ばかりを下されてきました。

実の両親を早くに失って、
里子から養親へ繋がれ、そこで虐待を経験…
複雑な成育環境が幼い私の心をさらに傷つけました。

私が初めて精神科のお世話になったのは十四歳の時です。

以降、四十八歳までに、
私は実に33回にも亘る精神科病院への入退院を繰り返しました。

その間に、私は向精神薬の副作用によって、
全身の筋肉が麻痺して脱力する症状が表出。
三十一歳から日常生活を送る上で、常時車椅子が必要になりました。

それでも…身体の障害と向精神薬の影響や因果関係を、
証明できないまま10年以上が経過し、
身体障害者手帳を取得できた時、すでに私は四十二歳になる直前。

長期間に亘り身障者手帳が取得できなかった不利益に加え、
手続きの煩雑さや役所の無理解、
医師の心無い言葉などに私はさらに病んでしまいました。

加えて「三つ子の魂百まで」です。
子どもの時に適切な養育、保護や躾が保障されていない私は、
常に怯え、他人の言動にびくびくする習慣が未だに抜けていません。

この人は私のことをどう思っているのかな?
私の言動に気分を害してはいないかな?

この人の気分を害しないように、
この人を怒らせないように、どうにか顔色を読まなきゃ…以下略。

そういう目線でばかり他人と向き合う癖が抜けない私は、
本当に些細なことでも心が疲弊し切ってしまいます。

心の疲れはいつしか、
激しい身体の痛みとして私を苦しめるようになりました。

心の痛みが身体の痛みとして表出する私は、
心療内科医から「身体表現性障害」と診断されました。

他にも私は…解離性障害や境界性パーソナリティ障害。
自傷癖や依存症気質…

五十歳を過ぎても「他の子とは同じことがこなせない」という、
子どもの時の挫折、おとなの不用意?な一言によって…
私は心身に様々な不調が生じ、今も苦しみ続けています。

新たな診断名「線維筋痛症」「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群」

先にもお話した通り、
私は「身体表現性障害」と診断されました。

全身疼痛をメインに、メンタル以上に身体の不調が悩ましく。

激しい痛みと起き上がれないほどの倦怠感に、さらに、
気持ちの落ち込み&希死念慮が乗っかっている状態の私は…

十代の時、誤診によって付けられていた「統合失調症」という病名が、
四十歳で完全否定された事と入れ替わるかのように…

新たに四十五歳の時、心療内科医から「線維筋痛症」、
そして「筋痛性脳脊髄症/慢性疲労症候群」との診断が下されました。

線維筋痛症(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%9A%E7%B6%AD%E7%AD%8B%E7%97%9B%E7%97%87

線維筋痛症という病気はレディー・ガガはじめ、
有名なセレブが次々カミングアウトしたことによって、
最近知られるようになりました。

今年に入ってからは私と同世代のフリーアナウンサーの方が、
線維筋痛症で現在闘病中であると公表されました。

症状の程度の差こそありますが、
中年期以降の女性にはよくある疾患かと思われます。

しかしながら、線維筋痛症の治療ができる専門医は、
未だに東京都内に数人しかいない状態です。

一番最初に線維筋痛症や筋痛性脳脊髄炎の症状が現れた時、
私はまだティーンエージャーでしたが。
当時は今以上にこの病気の存在が知られていませんでした。

適切な医療機関にも治療できる医師にも巡り合えないままに。

統合失調症との誤診とともに「ヒステリー」という、
診断名がついた私は…眠れもしないほどの、
激しい痛みをどうにかしたくて延々ドクターショッピング。

今でこそ、そういうことはないと信じたいのですが…

当時、ヒステリーだと診断を下す医者はどいつもこいつも…
必ずの如く若かりし頃の私に向かって。

「ちゃんとセックスしてますか?
旦那さんとやればヒステリーなんて改善します。
年齢的にも…そろそろ子作りもがんばりましょう」。

お約束のように言われることが…私には本当に不快でした。
五十歳を過ぎた現在もトラウマになっています。

セクハラ紛いの発言を繰り返される以上に。
私が夜も眠れないほどの苦痛に苛まれ、痛む身体を奮い立たせては…
やっとの思いで遠くの病院まで受診したのに。

「セックスすれば治りますよ」。

どの医者もまともに私の話も聞いてはくれずに。
あしらわれ続けることが心を踏みにじられているように…
私には感じられて仕方なかったのです。

そして。
どうしようもなく具合が悪くなると私は精神科閉鎖病棟へ入院。
精神科では向精神薬を多量に投与され、さらに体調不良に。

本来であれば、人生で最も充実しているであろう…
二十代から四十代前半にかけて。

二人の元夫との結婚生活の不調を背景に。

私は痛みとの闘いとドクターショッピング、
そして、結果的には逃げでしかない精神科入院の繰り返しで…
無為に過ごしてしまいました。

日本では「慢性疲労症候群」という病名が、
現状、公の呼称となっている「筋痛性脳脊髄症」は、

激しい症状の表出によって、
寝たきりになる等、生活の質が著しく落ちるにも拘らず。

その病名の曖昧さや軽い語感が災いしてか、
患者の苦しみがなかなか周囲の理解を得られません。

筋痛性脳脊髄症/慢性疲労症候群(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%A2%E6%80%A7%E7%96%B2%E5%8A%B4%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4

過去には線維筋痛症や筋痛性脳脊髄症(の患者)が、
社会において「金持ちのインフルエンザ」。
そう揶揄された時代もありました。

2020年、時代は令和に移り変わっても、
私たち患者は未だに「詐病」だと見做される場合もままあります。

イギリスでの調査結果ではありますが、
線維筋痛症や筋痛性脳脊髄症の患者のおよそ三割が、
病苦によって自殺した、という話もあるそうです。

私たち患者の主訴が見えない「痛み」であり、
外からはなかなか慮れないものである以上…
周りからは詐病扱いされるのもある意味どうしようもなく。

理解されていないからこそ障害者の福祉制度はじめ、
患者は適切な支援に結びつかない現状があります。

そのことが余計に患者を不安定にさせ、痛みによる不快を増悪させて…
社会から孤立させていく。
一当事者として、私は歯がゆく感じています。

覚えておこう!メンタル不調な時に使える支援制度

精神科に通院する時、
一番気がかりなのはお金にまつわる問題です。

経済的な不安が強ければ、治るものもよくなりません。

メンタル不調の患者さんを公的に支える制度として、
障害者自立支援法に基づく、
自立支援医療(精神通院医療)というものがあります。
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/3_05_01med.html

この制度を利用すると。
精神科通院医療費が(基本的に)一割負担、
&毎月の精神科への通院代や、薬局への支払いについて…

医療機関等に支払う額の上限が定められるため、※収入による
何かと出費多難になりがちな療養では、かなり「お守り」になります。

「障害者自立支援法」と銘打ってはありますが、
精神障害者保健福祉手帳(障害者手帳)などは必要ありません。

申請書および精神科医師による意見書(診断書)を以て、
お住まいの自治体に提出するだけです。

治療が長期間(おおむね6ヶ月以上)に亘る場合、
一時的にでも「精神障害者保健福祉手帳」を取得するのも一案でしょう。

要らなくなれば返納もできます。
そもそも…二年毎の見直し及び更新の手続きが必要な手帳です。
https://snabi.jp/article/7

しかし、所得税の控除はじめ各税制の優遇、
そのほか、自治体によって諸々のサービスや支援制度も、
充実しつつあります。

調子が悪い間だけでも「障害者」としての権利を活用しつつ、
回復を目指すのも一つの方法かと思います。

精神障害者保健福祉手帳で利用できるサービス一覧
http://fukushi.webcrow.jp/

ほか、メンタル不調の患者さんに対する支援には以下のようなものがあります。
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/promotion.html

いざという時の制度がある事を知っておくだけでも、
気分が楽になるものです。

それでも。
うつ状態にある時には、他人との接触が負担過ぎて、
精神科に通院するのすら億劫になりがちでしょう。

私もそのひとりです。

だから、今は精神科医の訪問診療を受けています。

訪問診療の対象になるには私のように、
車椅子ユーザーである等、それなりの条件が必要です。
※医療機関、自治体によって条件が異なります

しかしながら昨今、リモート診療可能な精神科も徐々に増えています。
私の主治医も、
インターネットによる診察を実際にされているおひとりです。

寝込むほどつらくて出かけられないようなうつ状態にある場合は、
往診やリモート診療を検討するのも一案でしょう。

病気を治す。最後は自分自身を信じつつお薬の力もうまく利用して

だけど。
コロナウイルスの影響で、未曽有の社会不安の中に晒されれば…

健康な人でも調子を崩してしまいそう。
そんな気もします。

いつこのコロナ禍から抜けられるのかもわからず…
必要な食品や日用品も、小売店では日々数量制限がかかって、
買いたくて並んでも手に入らず。

友人が実際に職を失う姿を目の当たりにし、
子どもの時からテレビでおなじみだったタレントの訃報を知れば…
心が痛む感覚でつらくなるのは、
むしろ「心が正常に作動している」証拠だともいえるでしょう。

さらに。
個人的な趣味が高じ、希望いっぱいに始めたネットラジオ配信。

永らくのスランプを超えて、どうにか次の目標を越えよう。
そんな矢先に。

車椅子OKなスタジオが閉鎖、次の収録の予定が立たない…
その前にどこにも行けない。

東京・都市ロックダウンももはやカウントダウン状態。

つらくなっても、友達や信頼している人に…
会いに行くことすら自由にできない。
これでは心が追い込まれるのもやむなしです、
私に限らずです。

こういう非常時に。
それでも顔色一つ変えないで物事を淡々と処理できれば、
確かに有能であり素晴らしいけれども。

悲しい、つらいと感じるのも人間としては当たり前の事。
私は決してダメなんかじゃない。

心がきちんと動いているんだ。
そう…落ち込む自分の存在を認め、弱い自分を許したいです。

自分は弱っちいんだ。
そう…自身の現実を認められることも、
別の面から見れば「心の強さ」だといえるでしょう。

今は泣いてばかりいる自分を許しつつ、認めつつ、
だけど、自分と真摯に向き合って、自分から逃げないで…
泣くだけの今をどうにか超えたいと希います。

曾野綾子という有名な女流作家はご存知かと思います。

彼女は「全ての物事は絶望から出発する」と、
自身の著書(「絶望からの出発」講談社/PHP文庫)で述べました。

https://store.shopping.yahoo.co.jp/ebookjapan/B00162312607.html?sc_i=shp_pc_store-item_ebookjapan_sidenavi-series-item-20191120

…カトリック信者ながらかなり右に偏った思想で、
排他的な彼女の言動につい怒りを憶えたりもする私ですが…
曾野先生のこの言葉だけはものすごく心に刺さります。

「絶望からの出発」は“私の実感的教育論”という副題の通り、
曾野先生がひとり息子・太郎さんを育てる上で、
感じたことをまとめた育児書であり教育論ですが。

彼女がおっしゃるには。

別人格である我が子を育てるのは、即ち…
わかり合えない別の価値観を育てる「絶望」からスタートする。

教育とはそんな覚悟があってこそ成り立つものであり、
絶望から「光」を見つめるからこそ、光は輝くもの。

この本の主題はここにあります。

私は…育児に限らず教育に限らず。
現実社会の全てにおいて物事は「絶望」から始まるからこそ、
理想としての「光」が尊く、輝く「目標」として設定できるのだ。
そう捉え続けています。

私たちは今、コロナ禍という「絶望」のなかで、
日々光を模索している状況に在るのでしょう。

現状は光の存在が薄暗くて、希望も翳んで見えるけれども…

絶望の闇から見える光だからこそ、
キラキラと眩く希望だと心に映る一面も絶対にあるでしょう。

光の存在をを信じて、
今は泣いてしまう自分を許したいと思っています。

私は薬のアレルギーがひどく、主治医と相談し、
敢えて抗うつ剤処方による治療はやめる方向にしました。
いわば「時間薬」を信じることにしたのです。

神経の興奮を抑える目的で使われるてんかんのお薬にも、
気分を鎮める効果はあります。

生まれつき重度のてんかんがある私は、
抗うつ剤ではなく、発作を予防する薬で経過観察しつつ。

時間が物事を解決し、自身の状況をも改善させると信じて…
今はムリせずゆっくり過ごそうと決めました。

主治医の先生のお取り計らいで、4月からさらに、
看護師さんが訪問に来てくださる回数も増えることに。

ねこさんたちの話でもしつつ、
自然な心の回復をゆっくり待ちましょう…と。

猫好きな看護師さんが、私の顔だけでなく、
我が家の三匹の御猫様の様子も見に来てくださるそうです。

落ち込み苦しみながらも…
私はそういった配慮がいただけたことに深謝しています。

五十代であれば、女性は誰しも更年期障害に悩むでしょう。
社会の変化の影響か、
昨今は男性による更年期の悩みも見聞きします。

身体の痛みを感じたり、焦燥感に駆られてつらくなったり。
これらも確かに生活の質を下げはするものの、
生きていれば当たり前の「変化」。

当たり前の苦痛で悩むのも「当たり前」。
だからこそ自分を許せるようになりたいです。

ダメな時もあるから、いい時もあるんじゃん。
今はいい時を迎えるための準備期間だよ、きっと。

心に言い聞かせつつ、
コロナ感染予防を口実にうまく引きこもって過ごそうと思います。

最後になりましたが…
志村けんさんのご冥福を心よりお祈りいたします。

二十代、駆け出しライターだった私のはじめての、
拙過ぎるインタビューを(苦虫でも噛み殺したような)
複雑な表情を浮かべながらも…

最後まで温かく受けてくださったことに、
ライターのひとりとして心から感謝申し上げます。

前田 穂花

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2020.04.03

前田 穂花です。
2020年3月31日及び翌4月1日にスロハピのblogに投稿した、
私のトピックについて、以下の通り追記いたしました。

このような国難の時期にあるからこそ。
攻撃しやすい誰かを叩くことで心を保ちマウンティングを図る…
そういう行為が少しでも減りますように。

本当に成熟した社会の在りようとは、
つらい時につらいと弱音が吐けることをも保障された世の中。
困った場合には適切に助けが求められるような世の中。

弱い立場の人も切り捨てられることなく、
多数派の自分たちとは違う変な奴だと差別されず、見殺しにされず。
それなりに社会に繋がれる(=社会全体が弱者も包括し得る)ような…
世の中だと思います。

本来「みんな同じ」なのではなく、
社会の構成は「みんな違って、みんないい」なのです。

こういう時期だからこそ、それぞれが違いを認め合い、
違うという事実を受容する機会となり得ますように。

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