きょうからブログ

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等身大

先日
このブログの存在を知った。

自分で日記をつけることも最近ではなくなって来ているので、ボケ防止も兼ねて、また最近の自分事を現実としてどれほど把握できているかの確認も込めて、また可視上で情報を得て新たな気分高揚のための発見も欲しいと思う。

コロナウイルスに辟易する日々が相当長く続いて来た。
海外に比べればそれほどでもないのだろうが、今後の地球環境を考えると益々長生きなどしたくはない。
数十年前に
地球は滅亡すると恐怖心を煽られていた頃があった。
でも、まさかこんなに近い未来、自分が存命中にウィルスに汚染されてしまう日本をこんなに世界中の人が死亡してしまうなどと誰が想像しただろう。
地球環境の悪化が起こるのは、100年以上さきだとおもっていた。
まさかと思う事が本当に現実で起こってしまう。
地上波TVで毎日感染者数と死亡者数の報告が行われる日々。
こんな中で、ひとり生活して生きてゆく。
のんびりのスローライフ終活とおもっていた矢先の出来事は強烈すぎた。
これじゃあ、神も仏もありゃしない。

子どもたちの未来に、
地球が耐えていけるのだろうか。
地球上に生活する生き物として、人類は選ばれているのか?
本当はもう人類のしでかした自然環境破壊を許す神はいないのでは無いのだろうか。
今までの日本の生活だったなら、これからの2週間は一年の内で一番美しく過ごしやすい気候がやってくる予定だった。
働くことをみな少し休み、帰省や旅に向かう人たちでごった返す大移動が周期的に行われていたはずだった。
この星は、この大陸は、そう暮らす人々の集まりだったはず、、、、。

考えてみれば、1980年代のあの条約の際に、もっと環境破壊について、深く考えるべきだった。
昨年の秋の台風19号の破壊力、日本の全てを壊し自然を削り取り荒れ狂い、その翌年にウィルスが発生。
ごく自然に地球上が人間の生活で排出される有害事象や物質の悪影響で汚れてゆく。

もはや崩壊を止められない医療チームは自分たちの防護服の代用品として、ペットボトルを加工してマスクシェイドを作る。
あんなにも海に流され、生物の体内に影響を及ぼしたペットボトルが皮肉にも最後の防護服としてリメイクされる前に、なぜ海に投げ捨ててしまったのか。

私は、一度も海に投げ捨てたことなんてないの。
と思っているけれど、
若い頃に、、、、
投げ捨てていた事を忘れているだけだろう。
人間は考える葦には、なれないいきもの。
地球が破壊されてゆくままに立ち会いたいとは思わない。
だけど、多分今後は今までのように過ごせやしないだろう。

世界中でひとつになり、シャットダウンデーを。
そうしなければ、破壊されてゆく姿を目のあたりにするのだと自覚をしなければならない。

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