人生は予想外の出来もしないことだらけ(2)

人生は予想外の出来もしないことだらけ(2)

人生は予想外の出来もしないことだらけ(2)

40歳、、、

普通の生活をしている殆どの人は家庭があり、子供の成長のために女性はパートタイム労働で家計のやりくりをしつつ、お受験や仕事先の人間関係に悩む世代であろうか。

不思議なことに、物心ついた頃には普通の結婚をしている自分の姿を想像したことがなかった。
正直に言えば、企業をして自分の力で生きていく道を考えていた。

昨今は社会の自由な風潮がむしろ自由な職業性を受け入れ縛りはないが、そのスタイルは平成初期からあったわけでもなく、昭和初期の女性の人気職業は、結婚までの腰掛け的だった。
今の女性のように長年勤務する環境を選ぶ人は稀だった。

20代の頃に話しは遡る。
我が父が、会社経営をしていた環境に育っていたため、普通のサラリーマンが身近にはいなかった。父の姿をみて育ち、母は貞淑に、内外で夫のためのサポートに尽力する。
この時代の女性の一つの生き方「内助の功」は、私には微塵も魅力を感じなかった。

ただ、ただ昭和の不況の煽りを受け、事業の倒産を余儀なくされ、幼かった私達姉妹と母は父とともに路頭に迷う生活を味わうことになる。

家の倒産を迎える前日の夜、2階の屋根から風景を眺めていた。
その付近では100坪の敷地を持つ我が家がいちばん大きく、視線の下にはたくさんの小さな屋根が並んでいる。もう既に皆電気は消えている。
上を見れば、美しい満点の星空だ。
しっかりと、そして何も考えずに眺める。

今日まで、この部屋に横たわり雲を眺めることが大好きだった。

それも明日からは出来なくなる。
ここを離れる事しか、生きてゆく方法は無かった。

父の事業の失敗は、私と妹の学生時代を断つ事にもなった。
成人式は諦めた。
しかし、この時の私に絶望は全くなかった。
決められた未来がやっと白紙になり、コレからは全力で生きてやる!!!
そんな風な、強気でドキドキわくわくする決意を、真剣に自分の道を生きることができる喜びがあった。
解放されたのだった。

もう既に、明日はこの地を離れる。
今までの安心と幸せを手放す生活は、もちろん本気を注がねば生きてゆけない。

そう思いつつ、紆余曲折せねばならなかった。
学歴も中途、プライベートも誇れるものがなく、とりあえずアルバイトで資金を貯蓄し、目的通りにコツコツ生きる予定にふと、疲れを感じたときに、目の前にいた人と結婚をしてしまったのが、、、
不覚であった笑。

そしてこの結婚は想像どおりに上手くいかず、私の傷心は予想外だった。続

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