終活が始まる

終活が始まる

私の海

かつて、旅が好きだった。
それは、東日本震災が起こった前年までの話、、、。

その昔
東松島駅に降り立ち、
あの有名な松尾芭蕉の奥の細道でも描かれる『松島や、ああ松島や、、、松島や』
の一句を頭の中で思い描いてみた。

この句はお弟子さんの曽良が紀行記にのせたもの。
芭蕉本人は、小舟に乗りながらその岩肌を横切りつつ眺めた絶景に酔いしれたか、本当に船酔いで体調を崩したのかどちらか定かではないが、松島については一句も残していない。

とても天気は良い。
野蒜山の頂上にひとりで登る。

ここは、有名なフォトスポットで多くの写真家がここを訪れている。

松島湾の複雑に入り組んだ地形の面白さ、美しさ、東北の自然が生んだ荒波の残した点在する島々の清々しい風景は、毎年のカレンダー写真に多く使われている。
当時の同僚が教えてくれた場所だった。

東北の石段は非常に大きくて登るのにとても疲れる。

その前月に四国旅行に行き、金比羅山や高知城等を歩いた。
西日本は地盤も柔らかい。比較的登り下りの階段も低いところが多いので登りやすい。

これに比べると、
東北はどこへ行っても石段が大きく、前日の立石寺の石段では、ため息と呼吸の苦しさと足の痛さに苦しみ、きょうの野蒜山ハイキングも正直諦めようかと思っていたが、
今回の東北の旅の目的は松尾芭蕉を巡るたび、
立石寺と松島海岸だった。
季節は違えど両方を歩き、芭蕉の想いを少し感じてみたかった。

ひとり旅をはじめたのは、
心の整理、気持ちの整理をしたいがため。
これから年を取り、たぶんこのまま代わり映えのしない生活が続くであろうと思う。
完全ひとりのおひとり生活。

日々淡々と生きてゆく中で、なにが私には最も重要なのか。
今までも、これからも、心の平穏と豊かを求めた時に、自分の気持ちの置き場所はどこなのか。

まだ足の動くうちに、ふらりと数年、自分の気持ちの赴くままに規格外の旅にでることで、知らない事を知り、ほんの少しの感動を得てそれが増えてゆくと、
今までの不幸も、苦痛だった自分の人生も、嘆いて後悔して呪って苦しんだ過去の自分も、全部思い起こしながら
ここで少しずつ全部洗い流してしまえたらいいと思う。

これから自分の人生もそろそろ終わりが見えてきた。

終わりの一歩、その起点に
芭蕉の最後の長い旅は、
私の老いる自分を慰めてくれるだろう。
沿うところのあるものかもしれない。

野蒜山。
平日の天気の良い昼前のひととき、頂上には小さな屋根付き休憩所があった。
仙台駅で購入したおにぎりとお茶がお昼ご飯、広げて食べながら、その美しい島々と牡蠣の養殖風景を感動的に眺めていた。
午後は、松島遊覧船から島の側を通過してダイナミズムをリアルに感じようと思っていた。
今は、ただひとりこの美しい風景を独占できる満足を至福の喜びとして時を忘れてとどまっていたかった。

しばらくすると
そこに、
私よりもお年を召したご夫婦が山を登っていらした。

三人で話し、ひと時を語らう。

ご夫婦は言った。
「やはりふたりで歩けるうちに国内の美しい自然を眺めて過ごしている」のだそうだ。
お互いの顔を除きあい笑顔を確認し合う幸せそうな姿は、とてもうらやましい。
積み重ねた年月があればこその笑顔。

振り返っても、そのように老後を過ごす道を選べなかった、あの時々の節目にはそんな選択肢はあっただろうか。

ふたりでいても、ひとりでも
笑顔で暮らしたいと思って毎日を過ごす事ができてきた人が、よい人生の最後を締めくくれる。
笑顔になれる自分の人生を選んでこれなかった事は、今もう悔やんでも取り戻せはしない。
これからの気持ちが大切なのだ。
40代には漠然とそう思って切り替えて自分スタイルを貫いてきて、そこそこここまで平和に過ごせたが、この翌年の自然災害、東日本震災が父を奪い、今年の人類の危機ウィルスのパンデミック。

想像を超えてゆく地球環境破壊が、終活の苦しさを増やしてゆく。

最近はいつもこの、終わらない苦しさを抱えて過ごす事の難しさばかりを痛感する。

美しい風景に酔いしれて松島と芭蕉を巡るたび。
心の拠り所は自然とともに生きる事とした「私の終活のはじまり」は、自然破壊を抱えて考えることから始めつつある、夢のない日常に耐える、リアルに立ち向かうには、ひとりでは大変で!!
ともに歩むパートナー、支えあうくらしを構築に失敗した事が本当に今、恨めしく思う。

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