素晴らしい人生 その2

素晴らしい人生 その2

差別も区別もしない生き方の苦悩

さつきさんは80歳を過ぎた女性で、聞けば芸大の大学教授でした。そして日本で第一号の
国家資格の持ち主で、その業界の人なら誰でも知る人だそうです。

ある日、庭石に腰掛けたさつきさんに呼び止められました。
「どうしたものか」
「さつきさん、いくらなんでもそれだけじゃ、無理です」私は焦りました。答えを求めている表情です。

「ものの取っ付き口が見つからない」
私を呼び止めておいて、空を見上げながら門から出て行ってしまいました。
すると、後ろに旦那様が立っていました。
「これは隣の爺様の菊の懸崖造りなんだけど、みてよ30鉢、他にも50鉢くらい置いてあげてるんだよ。奴は、この鉢植えに毎日家の水道を使って手入れをする」
なかなかの鉢の数をご近所さんちの敷地で育てているのです。だけど人のいい夫婦には断れないのです。

いよいよ水道代がかさみ、さすがになんとか言わないといけなくなってしまいました。

さつきさんは、もう三日も言い方を考えているのだと笑いました。あんな爺様ストレートに言ったっていいのにね。

旦那様が見ている方向には、まだ青い柿の実を見上げるさつきさんの姿がありました。

相手の爺様は頑固で融通がきかない、自分勝手で近所の鼻つまみ者です。
さつきさんは、この人を傷つけないで注意する方法に思い悩んでいるのです。

終の住処

「そうだ、数学的に考えればいい!」
さつきさんは、爺様を前に大学教授時代の貫禄で、毎日植木に撒いている水が何立法メートルか、金額に換算すると、1日幾らかを教えた。1日、1か月、1年。あんたいつから家の庭に置いてるかな?

かなりの金額に爺様は声が出なかった。
「今までの分は負けてやる、あたしもちょいと計算してたまげたよ」

それいらい、爺様は自分のジョウロ持参で庭に来るらしい。

さつきさんに後からこっそり聞きました。
「ああいう、頑固な変わり者でも、お金で考えれば、分かるだろ」

相手を傷つけない言い方を三日も考えちゃうような人でした。

さつきさんの終活

さつきさん、ヨレヨレのジーンズに、伸びきったシャツ、泥足にゴム草履でいつも違う中年の男性を従えて、何処かに出かけていました。

友人に頼まれて、終活の手伝いをしていると、聞いていました。
中年男性たちは、さつきさんを師としたうかつての教え子たちだとか。

さつきさんは居心地の良い部屋を作るお手伝いをしているといいます。
なんと、行く先は軽井沢や那須の別荘地。
古い思い出が詰まった家を改装して、いつ療養生活に入ってもいいように最後の住処をデザインしているのです。

「あたしみたいに、野原の真ん中で死にたい人間ばかりじゃないからね。かと言って、薪の暖炉はもう手に負えない。そこんところを上手くやるのさ」

お友達はみなそこそこ名のある方ばかり、デザインした部屋は雑誌にも載るような部屋なのです。あとから知りました。

古い家具を生かして、見晴らしのいい、換気のいい部屋作りを心掛けていたそうです。
『ベッドから、外が見える部屋にしないと、自分が動けなくなるから、相手が動くのを眺めて暮らせるように、しないとね』

自分の終活を終えて、今度は友人たちに依頼されて忙しく活動していました。

さつきさんの葬儀は、駅から家まで人が並ぶほどでした。私は遠くから見送りました。

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