「おとな」世代になったからこその幸せ

「おとな」世代になったからこその幸せ

前田 穂花です。

自粛ムードのうちに7月の四連休も終わりました。
本来であれば今頃は東京オリンピック…だったんですね。

誘致の段階から鳴り物入りで、
正直…訝しく眺めてはいましたが。
こういう形で延期がなされるとそれはそれで心が痛いな。

実は、私自身パラリンピックの、
トーチリレー走者のご指名を承っていて。
本当なら真夏の厳しい暑さの中、ピンクの競技用車椅子を片手走行。
聖火を運ぶ予定でした…余計に微妙な気分です。

ところで。
拙宅のパソコンがおよそ7年ぶりに新しくなりました。

うれしくて…ついついテンパって夜も眠れずに、
まるで新しいおもちゃをもらった子どもみたく。
午前2時、スロハピに投稿するブログをトピック立てしています。

昨日…電話越しに友達のひとりと、真摯に言葉を交わしました。
「これまで生きてきた中で…今が一番自由で幸せだよね」。

これは偽らざる私の気持ち、まさに本音です。
なんだかんだ言って…私は五十歳を過ぎた今が一番幸せです。
やっと心が自由になれた気持がするから。

このトピックでは、
五十代を迎えた今だからこその幸せを単純に羅列します。

我儘に発言でき且つ自身の言葉の重みが増した

我儘という言葉の語源は。
われのまま=ありのまま、なんだそうです。

人生も折り返し地点を過ぎたからこそ。
心の余裕がそれなりにできた私は…正しい意味で我儘に、
自分の思いを正直且つ堂々と意見できるようになれました。

かつては反論や口撃が怖くて仕方なかったSNS。

しかし、五十二歳の現在は文字通り「呟く場」としての、
Twitterを楽しみ、個人ブログを運営しています。

これらは「おとな」だからこその権利であり自由であり、
幸せだと私は感謝しています。

加えて、それなりに人生経験を重ねてきたことで。
チャラかった私の言葉が年齢相応の重みを帯びました。

仮に二十歳の私が同じ趣旨の意見を発信したところで。
世間は「小娘の青臭い考え」だと一瞥したことでしょう。

どのような趣旨の言葉であろうと、
皆様が一応でも私の考えに耳を傾けてくださるのは。
単純に私が半世紀余を生きて、経験を重ねたからゆえです。

自由にモノが言えて、かつその思いを真摯に聞いて戴ける。
物書きとしてこれ以上の幸せはありません。

しかも、加齢によって自身の発する言葉にそれなりの重みと、
五十年余生きてきたがゆえの信憑性がついてきました。

だからこそ…さらに自身の発言に対して慎重を期しつつも。
おとな世代だからこそのアウトプットができればと願います。

女子力をいい感じに手放し人間力へと昇華できた

ちょうど私は年代的にバブル世代に当たります。
二十歳過ぎの一番キラキラな時期を丸の内OLとして過ごし、
アッシーやらメッシー、
それなりにミツグ君(的なオジサン)もいました。

その代わり…当時は今以上に、
女性の社会的地位が軽んじられる時代でもありました。

職場で「女の子」にはお茶汲みとトイレ掃除が課せられ、
二十五歳過ぎて独身であれば「クリスマスケーキ」
つまり「売れ残り」だと陰口を叩かれ…そんな感覚でした。

――駆け出しの物書きとして「A級(=永久)就職」と、
結婚式場のキャッチコピーを書いた私もまた。
自分の足元を固め、社会的な信用を得るがためだけに、
若干二十歳で一回目の結婚をしました。

女性は職場で「お嫁さん候補」と呼ばれ、
腰掛的に数年間仕事をし、
その間に結婚相手の男性を見つけて…というのが王道でした。

1985年制定、翌1986年にスタートした男女機会均等法など、
当時はまだザル法もいいところ。
男性に伍して働きたいと女性が願えば、プライベート含め、
全てを犠牲にすることを社会から暗に強いられました。

やがてバブルがはじけ、
日本全体が経済的に衰退していくにつれて…
国民の価値観も少しずつ変化を見せ始めました。
かつての露骨な男女差別も…令和になった今は、
昔ほど色濃くはないようにも思えます。

しかし、私自身は二十歳頃の価値観による呪いに、
そののちもずっと苦しめられて生きてきました。

実は…この「女としての呪い」は私に限らず、
世の女性の多くが悩まされているように思えます。

巧くは言えないのですが…
私が若かった頃も、五十代を迎えた現在も…
女性を取り巻く社会の視線は、
ずっと刺々しいもののように感じるのは私だけでしょうか。

豊かなバブリーな時代のほうが人々の心に余裕があった分、
まだマシだったかもしれません。

令和に入り…経済的な行き詰まりに加えて、
コロナ禍や度々の自然災害で人々の心は荒み切っています。

妊娠中の女性や子連れのお母さんなどに対する、
暴言暴力のニュースを見聞きするたび…
怒りとともに言葉では語れない悲しみに胸が詰まりそうです。

この国は女性に優しくない!
強く感じさせられることばかりです。

それでも…女として生まれたら。
殆んどの女性は「女として」生きなければなりません。

かつての「お嫁さん」という言葉は。
平成以降「女子力」と言い換えられ、
派生形の「愛され女子」という語まで登場しました。

個人的にはこれらの表現が大嫌いです。
要は「女の子らしく殿方に愛されるように振舞わなければ、
結婚できないんだよ」という世間からの呪いに思えるからです。

よくよく考えれば「男子力」「愛され男子」とは言いません。
女性だけなぜこんな変な言い回しで縛られるのでしょうか。

――表現の仕方、言い方は変化しても、
物事の本質なんて結局…何も変わってはいません。
国全体が「貧しく」なった分、
実質的にはむしろ昭和の頃よりひどいかもしれません。

とにかく…
私は不妊治療が巧くいかなかったり。
子ども(=跡取りたる男の子)を産めない自分を、
嫁ぎ先で詰られ、元夫は一切かばってくれなかったり。

それらが原因の一つとなって…重なり合い、
最終的には夫どもに暴力を振るわれ、結果二回も離婚したり。

他にも性的暴力被害に数回遭い、子宮頸がんに罹患し…
私は…これまで自らの女性性を幾度となく揺らがされ、
あるいは傷つけられる経験を重ねて生きてきました。

(女の子に生まれなければもっと幸せだったのに!)

若い日の私は(望まずして)女性に生まれた私自身を、
呪わずには生きてこられませんでした。

五十歳を過ぎ「女」から「人間」へと昇華、自由を得られた私

だから。こんな結論が「解決」及び正解とは言えないにせよ。
若い女性を卒業し、いわゆる「オバサン」という年齢に達して。
女という土俵を降りられて…現在の私は正直ホッとしています。

もう「他の女性と競わなくてもいい、
男に愛される自分を演出しなくていいんだ」と思えた時。

逆説的にはなりますが、
私はやっと「女の子」に生まれた自分自身を…
受容する方向へ向かおうと思えるようになれたのです。

女子力という言葉で煽られずに生きられる自由を、
掌に確かに掴めたと思えたら。
ようやく女の子っぽい服に身を包み…遅まきながら。
女性としての人生を楽しもう…という気概が湧いてきました。

そして、女である自分を肯定しようと思えた時。

これまでずっと私を苦しめ続けてきた…
「女子力」という言葉の持つネガティブなものが、
新たに「人間力」という形に昇華されていく感触を得ています。

五十年以上を生きたからこそ。
男性の視線を正しい意味で無視できる自由も得られ、もう他の女性と、
競い合う必要も「男からの愛」を争い合う必要もない。
私は私。

この感覚は…永く生きたからこそ得られたものです。

――ハイヒールのパンプスにボディコン服。
手に持っているバッグこそブランドものであろうと…
バブル時の「女を強調するような」服装が私にはとてもつらかった。
体も苦しく、心も常にもやもやして。

対して。スニーカーにオーガニックコットンのゆったりしたワンピ。
現在の私は幸せだなあと思います。

女として苦しんだ果てに闘いを放棄した、というよりむしろ…
女性として自分の価値観に合う人生の選択をし得たのだ。
そう感じられたアラフィフの今が私は幸せです。

自分より年下の人たちが増え「可愛い」対象がより多くなった

カワイイは正義、とはよく耳にする台詞ですが。
街に出るたび、世の中には可愛い存在が溢れているなと思わされます。

五十歳を過ぎると圧倒的に自分より年下の世代が増えます。

年下の若い人たちっていいですね。
コロナ禍にあっても公園で歓声をあげる子どもたち。
何を見ても楽しそうに笑い転げている女子高校生。
リクルートスーツ姿の就活生、コンビニやファミレスのバイトちゃん。
若いカップル…幼児連れのファミリー。

目に映るみんなが…このトシになると「ああ、可愛い」。
若い人の姿を見るだけで胸がキュンキュンするのはきっと…
私だけではないでしょう。

若い人の存在は社会の希望だと思います。
本当にそう強く思います。

次世代の表情を見て感動できるような私になれて…
私は幸せです。

五十年以上を生きて、それなりに経験値もついて、
自身の行動に対し、現在の私はある程度、
見通しを立てつつ行動に移せるようにはなれたけれども。

自分の経験、自身が培った知識…自身の実績その他。
これまで重ねたものの上に胡坐をかいて驕り高ぶることなく、
若い人の声にも耳を傾け、若い人に学べる私であり続けたい。

若い人と年寄り、世代間で対立するのではなく。
話し合える心の余裕を保ち続け、歩み寄れる素直さを持ちたい。
自身の過ちに対しては誠意を以て謝罪できる私でい続けたい。
…年長な自分を言質に偉ぶったり驕ったりは決してせずに。

そういう想いを抱き続けるためにも。

若い方の姿を見て幸せな気持ちに浸れる自分、
次の世代の幸せを素直に願える心のありようはきっと…
とても大切だと考えています。

単純に若い方の生き生きした姿を見ていると幸せです。
眼福です。
こんな思いに浸れるのも私が「おとな」になったからこそ。
よかったなと思っています。

生活の行間に幸せを見出しつつ日々心豊かなミドルライフを

昭和四十年代という時代背景も影響してはいるのでしょうが。
私が子どもの頃に思い浮かべていた五十歳は。
心底「おばあさん」のイメージでしかありませんでしたが…

実際に自身が五十代を迎えてみると。
想像をいい意味で裏切ったかのように毎日が充実していて…

なんだかんだいって今がこれまでで一番楽しいじゃん、よかった!
そう幸せを実感できる場面が多い感じです。

いろんなしがらみや心を縛る呪いめいた価値観も手放せたから。
物事を決める場合の判断基準があくまで「自分」。
ブレなくなったことも生活上の幸福度をさらに増してくれました。

もう…一切他人の目を気にしなくていい。
大切なのは私がどう感じ、どう考え、何を望むのか。
当たり前のようですが…

若い時には「常識」に心を囚われ、
世間体という目に見えない何かにいつも怯えて過ごしていた私でした。

半世紀を生き抜き、やっと自由になれた!
猫五匹と「おひとりさま」のお気楽な日々。
若い時散々苦労した私だからこそ、この先は愉しみたいです。

【余談】ゲンキンだけど。幸せな毎日に重要な経済的裏付け

余談。かつて法務省に勤務していた当時の査定で、
昨年夏に障害共済年金の給付が決定。

経済的な裏付けのもとにセミリタイアできたのはラッキー!

ねこさんたちだけを養えばいいのであれば…
贅沢はできないにせよ、私一人は充分に食える!

文字通りのゲンキンな話ではありますが…
経済的な補償が担保された点も、
私を安寧の生活へ落ち着かせた重要なポイントです。

心が自由になれて、毎日が楽しいと思えて。
当座お金の心配もなくて。

一番書きたいと考えていた官能小説の執筆をメインに、
これからは正しい意味で我儘に生きていけますように。

若い時はつらいことばっかりで…

だから!ミドルライフで挽回!
諦めずに生き続けてきてよかったです。

前田 穂花

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