愛別離苦に生老病死。煩悩に「もう懲りた」五十二歳の忘己利他

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愛別離苦に生老病死。煩悩に「もう懲りた」五十二歳の忘己利他

個人的なお知らせと今の想い

前田 穂花です。
ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、改めて…

私事ながら。
結婚前提という事で、私はある男性と予てより交際中でしたが。
いろいろありまして…入籍予定日の直近10日前に婚約破棄、
破談と相成りました。

ネット上でもリアルな世界においても。
相手男性と私の破談の原因や理由について詮索する向きが散見されます。

婚姻届まで用意し、住まいまで抑えていた状況でのお別れで…
当然…相当つらいものもありました。

それでも彼とはもう関係を再構築できない。
そう判断したからこそ私は別れを決めたのです。

本当に悩みました。苦しみました。
とても苦しんだからこそ…
一旦お別れした以上は復縁という線も今後一切ありません。
別離とはそういう性質のものです。

ただ。これはあくまでも彼と私の個人的な問題です。
しかも…もう終わったお話です。
破談の理由について第三者に対し詳細に話す必然はありません。

執拗に聞き出そうとされる方も少なからずいらっしゃいますが…

私はこの件についてこれ以上お話するつもりはありません。
「私・前田は6月の入籍予定日に向けて結婚の準備を進めていましたが、
諸般の事情から…全て取りやめとし、婚約者の男性とお別れしました。
入籍自体“延期”ではなく“中止”であり、今後は彼との復縁等一切ございません」。

――婚約破棄直後。
私は脳梗塞を再燃させ、言葉が全く操れなくなりました。
喋り言葉が口から出ないというだけならまだしも、
物書きを標榜しているにも拘らず、書き言葉さえ自由にはなりません。

今月に入って、私は「失語症」との正式診断を受けました。
現在も話し言葉はあやふやな状態、
書き言葉もおぼつかず、
私信をしたためるのですら不自由しています。

物書きとしての復活が自身にあるのかないのか…
自分でもよくわかりません。
正直…現状を見る限りかなり厳しいと思われます。

ただ、ここで諦めてしまうと。
本当にそこで終わってしまうと感じるので…
日々厳しいリハビリに打ち込んでいます。※後述

――生きていると本当にいろいろな事があるなと思います。
人生においては、自由なことより不自由な場面のほうが絶対多い…

そうは悟りながらも…なんだか余りにつらくて心の逃がし処がなくて。

私自身が生まれてきたという事象そのものに対し…最近は。
内心、懐疑的になっている状態が続いています。

脳梗塞が原因でプロライターなのに「失語症」との正式診断を受ける

先にもお話した通り。
脳梗塞を再燃させた私は病気の症状で言葉を失ってしまいました。

脳梗塞によって喋れなくなる患者さんは比較的多く見受けられますが。

私の場合…固より文章を書く事で生計を立てていたこともあり、
失語症といっても、その症状の表出が極めて派手でした。

最も特徴的な症状としては「文章が書けなくなった」点。
そして文章が理解できない問題に付随する様々な症状でした。

単語を思い出せない、モノの名前がわからない、
パソコンのキーボードが正確に叩けない。
それまでは当たり前のように日常会話で用いていた表現が使えない。

友人知人と雑談をしても。
相手の話が聞こえているにも拘らず頭を素通りしていく感じで、
何を言っているのかさっぱりわからない。

原稿はおろか…個人的なメールやチャット、
手紙等のプライベートな文章が作成できない。

本やKindleでテキストを読んでも、字は読めるのに…
単語や文節が理解できず、言葉の意味が分からない。
カラオケの歌詞を見ても内容が理解できないので歌えない…等々。

正式に「失語症」の診断がなされた時。
当然…主治医や言語聴覚士の先生の説明が理解できない私だったので。
あとで自分なりにリピートし、自身の症状に対する理解を深めよう…
そう考えてメモを取ろうと試みましたが…できませんでした。

先生からのお話を聞きとることも、話の要点をまとめることも。
おっしゃることを正確に書き写すことも…
文章として成立させた形に残すことも。
失語症の症状が強く出ている私には全てできなかったからです。

30年以上物書きをして生きてきました。
自身の仕事に対して私なりに誇りも持っていたし、
仕事に対する矜持もありました。

だからこそ…今回の診断がものすごく重たいです。

とはいえ、まだ余り実感として…
自分自身の問題として思えていないのも本当のところです。

今はまだ後ろ頭をガーン!とハンマーか何かでぶっ叩かれた感じで、
私自身の上に起こった事がよく理解できていないのです。

今後…1ヶ月…3ヶ月…半年と。
時間が経過するにつれて、私は自分の上に起こった真実を、
理解していかざるを得なくなるのでしょうか。
その時々に於いて…私は容易く出来ていた事が「できなくなった自分」と、
対峙し、葛藤し、絶望し…心折れまくっていくのでしょうか。

脳梗塞を起こし、言葉が自由に操れなくなって約ひと月。
次第に自分の失語症の状況のアウトラインみたいなものが見えてきて…
そのたびに落ち込んで眠れなくなる自分に気づきかけています。

しかしながら。自分の上に降ってきた運命が受容できそうになくて…
現実を少しでも見ないようにしたくて…目を背けたいからこそ。

今の私は普通の患者さんの何倍ものの負荷を掛けては、
リハビリに励むことで現実逃避しています。

我欲を手放して他者のために生きる「忘己利他」の思想

天台宗の代表的な教義に「忘己利他(もうこりた)」というものがあります。

佛陀の言葉『己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり』を…
平安時代に比叡山延暦寺を創建した“伝教大師”こと天台宗の祖・最澄が、
「忘己利他」とスローガン化して我が国に広めたのが始まりです。

意味としては欧米の「Noblesse oblige」に相当しますが。

“Noblesse(貴族の意)”と付く事でおわかりのように。
ノブレス・オブリージュという概念が、
富裕層を対象にしている道徳観であるのに対し。

天台宗でいう「忘己利他」とは。
貧富の格差も社会的立ち位置も一切関係なく、
我欲を手放して他者のために尽くそう…
…という概念が一番の特徴だといえましょう。

苦労人前田の「自分語り」

自分でいうのもなんですが、私は相当の苦労人です。
子どもの時から安心を実感できる居場所に巡り合えず、心が荒みました。

複雑な家庭に生まれ、実両親を早くに失い、
基本的な「家族」という後ろ盾すらあやふやな毒親育ちの私です。

幼児体験が影響しているのか。
私は他人との関係構築が極めて下手で…
特に男性とのトラブルには若い頃から泣かされ続けてきました。

何だかんだいって日本には未だに男尊女卑的な思想が残っています。
本来…恋愛や結婚は「両性の同意に基づく」べきはずであるにも拘らず、
何か起きれば令和の現在も、
女性の側だけが「傷モノ」呼ばわりされがちです。

結婚に失敗し、婚約しても破談…という結果を繰り返すたびに。
私は社会的信用を失い“女性”としての価値は地に墜ちました。

バツ2+婚約破棄二回…
完璧に結婚不適合者の烙印を押された感がある私。

子宮頸がんの手術の後遺症もあって肉体的にもとてもつらいし、
結婚どころか恋愛も卒業!もう要らないや。
今はそんな境地にあります。

若い頃は「家庭に恵まれなかった私だからこそ、
早く幸せな家庭を築きたい!」
そんな希望を私は人一倍強く抱いていました…が。

五十歳を過ぎて私が思うのは…「愛なんてどこにあるのかな?」。

私なりに真摯に生き、パートナーだった彼らと精一杯向き合い、
彼らのために障害を負った心身を必死に鼓舞して働いたつもりでしたが…

そもそも家族愛だとか…夫婦愛だとか。
学ぶ機会もなく、全く理解できないままだったので。
愛を以て関係を構築するというテーマ自体、私にはいわば無理ゲーでした。

虐待サバイバーの私には「子を産んで育てる」というのも…
出来そうにはありませんでした。

虐待という負のサイクルを断ち切るには、
私が出産を控えるしかなかったので…

未だに「いくじなし」「女性の役目を務めなかったバカ」。
一部の人間にはそう揶揄られてはいても、
自身の選択は正解だったと信じています。

子を産まなかった女性に、この社会は冷ややかであり、
今…独りぼっち、孤独死確定!な私の現状についても「自己責任」。
そんな批判がネット越しに飛んで来ますが…

私は「事実」として淡々と処理する構えです。

話が逸れました。
私はここでは語りつくせないほどの苦労人です。

一世代上なら充分あり得たレベルでしょうが。

現在、五十代という事を鑑みれば…
同世代のなかに在っても、特に私は、
抜きん出てつらい人生を背負ってきた側だといえるでしょう。

つらい過去に執着し続ける理由とは「不確かな未来よりは安心」だから

散々苦労し、他人に都合よく虐げられ利用され搾取され…
結果、ボロボロになって心身を病んだ時。
私は独りでこれまでの人生を儚み、泣くしかありませんでした。

病気になっても制度の谷間に落ちて入院加療すら保障されません。
幾ら私がこの世に対し心を傾けたところで、それは私の独り善がり。
社会は平等でも寛容でもないのです。

せめて…私の生活の質を著しく低下させる、
全身疼痛だけでもきちんと緩和されたらなあ…

そんなことを想ってベッドから天井を眺めていた時。

ふっ…と以下のような考えが脳裏を横切っていきました。
(こんなに悲しいとかつらいとか…直ちに消えてしまいたくなるのは。
きっと私が過去に執着し、自身のこれまでにしがみついているせいだ)

つまり…私は常に「自分の事ばかり」考えているから。
自分のつらい部分から心が離れず、
さらに苦しんでしまっているのでは?

自分に執着しまくっているから。
私は恐らくいつまでも心が自由になれないのです。

特に…今さら変えられない過去にしがみつき、苦しい記憶に留まる事で。
「今生きている自分」の存在を確認しているきらいがある私です。

仮に「自分の弱さを手放せない弱い自分」でしかないとしても。

どうしようもない過去に執着し、イヤな記憶に依存しまくって…
さらに気分が悪くなる必要なんてないのです。

これまで私は散々人生を失敗し、本当にもう懲りました。

だからこそ…これからは可能な限り。
弱い自分に執着せず、過去の自分の過ちを通じて…
「今まで生きてきた自分」を確認する作業はもうやめて。

今在る自分の姿を通じて「自分」を確認できる私になりたいです。

昔の自分に執着する理由は、
それが「とりあえずは安心安全」だからです。

過去の自分=知っている自己の在りよう、だから。
例え残念な姿、失敗しまくった自身であっても。
未来の見えない不確かな自己像よりは「安心」だといえるのです。

でも…失敗しまくった自分にしがみついたところで。
所詮はダメダメな自己像に過ぎず、
自分で好きになれない自己に執着したところで、いつまで経っても…
私は正しい意味で自分を愛せはしないでしょう。

人生をしくじりまくった私。もう懲りたからこそ「忘己利他」の精神で

自分が愛せない状態で他人を愛せるわけがありません。

私はどんどん「この世に愛なんてない…愛がわからない」といった、
中二病的な闇(=病み)にハマり込み、
新たなダメ・スパイラルを作り上げていくだけでしょう。

こんなの、もう…終わりにしたいな!

人生の失敗に「もう懲りた」私だから。
人間関係に躓きまくって「もう懲りて」痛みを知った私だから。

「忘己利他」己の利益はもう忘れて、他者のために尽くす。
そんな境地に一日も早く至れますように。

いきなり「他者のために尽くす」ほどの功徳は積めないにせよ。

過去の失敗だらけの自分を手放し、変化を望むどころか…
自らダメダメな過去にしがみつく事で安心したい弱い自分を手放して。
自分を赦し、いつか他者を愛せるほどの人格を養えますように。

最後に…
いつか現在の失語症を克服し、
再びライティングがこなせるようになったら。

私は自分自身の最後の課題として。
敢えて「自分の影の部分」を書き残してから、
彼方へ旅立ちたいと希っています。

虐待を受けた経験、学校での凄惨ないじめ。
性被害の記憶と心身に遺ったトラウマ、元夫たちからのDV…
精神科医療の闇、障害や出自にまつわる差別…等々。

――これまで敢えて私が描かなかった、
自身の負の記憶についてあからさまに描きたい。

しかし。いつか書きたいと思いながらも。

商業ベースでライティングした場合のPV数の伸び悩みや、
他「大人の事情」。

自分自身の表現力のなさによる伝え方の拙さへの懸念。
何より…ライティングしている最中での、
つらすぎる記憶のフラッシュバックから生じるパニック障害。

様々な心配から私は書く事ができないままでいました。

だからこそ今の時点では。
重たいテーマを単にセンセーショナルなトピックとしてではなく、
事実として正確に書けるだけの筆力を培いたい。

強い希望が、病気の症状で言葉を完全に失っている私の心を…
しかししっかりと支えています。

私の言葉を、未来に生きる人の誰かたったひとりでもいいから…
人生の礎として戴けたらな。

想いが叶う日、私自身の人生は全て贖われ、
「私自身の」ものから
「他の誰かの」力へと変わっていくのだと信じています。

そして、未来を信じるこの力こそが…
つらい中に在っても今を超えたい。
心から希う現時点の私のエネルギーと繋がっています。

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