哲じいさんのブログ

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「同居人夫婦」のすすめ

「熟年離婚」や「定年離婚」、「夫源病」などと、世間では、世の夫や妻たちの不安をかき立てることばがしきりとささやかれています。

私は、今年の3月に、定年退職の日を迎えることになりました。そして、例にもれず、「定年離婚」の危機に瀕してしまったのです。

そんな中、私たち夫婦が選んだのは、別居夫婦でもなく、同居夫婦でもなく、「同居人夫婦」とも呼べるものでした。

今回は、このことについてお話ししようと思います。

私と妻とは、かつて、互いの家庭を犠牲にしてまでの、激しい恋愛の末結婚しました。幸せな結婚生活を送る中、2人の子供にも恵まれました。当時の幸せな家族の様子は、そのころ、市場に出回り始めた、デジタル一眼レフカメラで撮った、数々の写真に今でも見て取ることができます。

しかし、結婚生活も20年以上が経過する中で、互いの相容れない価値観や、どうしてもなじめない習慣が浮き彫りになり、数えきれないほど何度も衝突をし、ある時は話し合い、ある時は怒鳴りあいの喧嘩をし、ということを繰り返して来ましたが、互いの溝が埋められないことを自覚させられるばかりでした。

妻は、私の顔色をうかがいながら生活していくことに疲れ果て、老後お互いに笑顔で過ごしていけそうにないことに失望し、私との老後を望んでいませんでした。また、私は私で、妻のある種の言動に、怒りを禁じえず、時には激高してしまう自分をついに変えることができず、そのような自分自身に疲れ果ててしまい、妻と距離を置くことを望んでいました。

そしてとうとう、私たちは、離婚について真剣に話し合い、離婚届を出そうかというところまで来ていました。

何度も話し合いを繰り返したのちに、今回、最終的に夫婦で出した答えが、「同居人夫婦」という形でした。夫婦が同居するのは普通のことですが、ちょうどシェアハウスの住人がそうであるように、夫婦や恋人としてではなく、他人同士として一つの家で暮らしていくのです。

この結論にたどり着くまでに私と妻がこだわったことがいくつかありました。

まず、一つは、二人の子供が安心して生活できる場所を提供したいというのが、夫婦の一致した思いでした。

長男は今年の春から地元の大学に行くことになり、長女は、現在中学校3年生で、来春は高校への進学をひかえています。娘は中学校2年生の半ばから学校へ行かなくなってしまいましたが、家では明るく元気に過ごしていました。

離婚し別居するとなると、現在の4人がそろって暮らすという形は望めません。一人暮らしをしていても決して不思議ではない大学生の長男はともかく、中学3年生の長女には、両親がそろって、何の心配もなく安心して暮らせる場所が必要だと思いました。

そして、私たち夫婦が、時間をかけてたどり着いたのは、二人が、いわば同居人として暮らしていくという考えでした。私たち二人は、子供に対しては、いついかなる時も親であるけれど、互いの関係については、夫婦としてではなく他人として、現在の家で暮らしていくというあり方でした。

そこで、私たちは、シェアハウスに倣って、生活の場を共同の場所と個人の場所とに分けました。家族4人が、それぞれ個人の部屋として使えるスペースを何とか確保し、同時にリビングやキッチン、風呂や洗面所、トイレなどは共同の場所としました。

全員が、基本的に自分のことは自分やるのが原則です。朝食と昼食は各自で準備しそれぞれに済ませ、夕食の準備は当番制で行い、大人だけでなく、子供にも当番が回ってくるようにしました。洗濯や部屋の掃除は各自で行い、共同スペースの維持管理は4人で分担しました。

そして、その結果、それまで、だれもが散らかし放題だったリビングやキッチンからは私物が消えて、いつもきちんと片付き、急な来客があっても慌てずに済むほどに変わりました。夕食の準備は、その日の当番がメニューを考え、責任をもって作っています。

家族が顔をそろえるのは、夕食時くらいで、それぞれ、外に用事がないときは、各自の部屋で過ごすということが日常化しました。

私たち夫婦のあり方にも変化は起きました。同じ空間で過ごす時間は減りましたが、それぞれ自分の部屋で、自由にリラックスして過ごせる時間が増え、家事の分担は、時間や労力だけでなく、心理的な負担も家族で分け合うことになりました。また、お互いが他人だという自覚をもつことで、それまで、「夫婦なのだから」とつい相手に甘えてしまうような言動は慎むようになりました。以前に比べれば、互いに相手を個人として尊重できるようになったのではないかと思うのです。

同居人として暮らしていくことで、妻も私も心穏やかに暮らせるようになったと感じます。今は、互いを呼ぶ時に、さん付けで呼んでいます。

子供たちの料理の腕もだんだん上がってきて、家族の楽しみの一つになりました。自分の身の周りのことも自分たちでやるようになり、少しずつ自立できるようになったのだと感じています。中学3年の娘も、完全な形ではありませんが、毎日学校で過ごすようになり、これまで家で食べていた昼食も、学校の給食を食べるようになりました。

妻は経済的に自立ができるようにと、仕事で残業なども行うようになり、友人などと飲みに出かけることも増えました。交友関係や外出などについても、互いに一切干渉はしません。

あと数年して、娘も自立したら、改めて妻とは離婚について協議することになるでしょう。離婚すれば一人暮らしになります。そのとき、どのような生活をしていくのか、交友関係はどうするのか、経済的な面や財産はどうするのか、病気で寝付いたり、急に死ぬようなことがあったら、と現在の生活が、終活に向けてのさまざまなことに目を向けさせてくれるようになりました。

今の生活は一時期に比べたら、夫婦だけでなく、子供も含めて家族全員が一歩前に進めたように思います。課題は山積みですが、いまは、新たな可能性が見えるこの生活を大切にしていきたいと思うのです。

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