定年・再雇用にしたおじさんです。

定年・再雇用にしたおじさんです。

またよろしく!会社

私は今年の1月末で定年を迎えました。
新卒から37年間勤めてきました。
一つの会社を定年まで勤め上げた事には大いに誇りを持っています。
但し、他の会社も経験してみたかったという気持ちもあるのも事実です。
どちらが正解とかは無いと思いますが、このブログをご覧頂いている方はどうなのでしょうね。
一つの会社で37年間ですので色々な事はありました。
私は入社から営業一筋でした。
間接部門は一切経験した事がありません。
それは会社が販売会社であり、私も営業こそが一番の花形部門だと思い続けてきたからです。
結構実績も上げていたので、予算と達成率は他人よりは勝っていました。
それが続くと、ある意味怖いもの無しの状況でしたね。
今、振り返ってみると、驕っていた自分がいたと思います。
長い会社経歴ですので転勤もかなりしました。
入社後3ヶ月は東京で研修、7月に配属されたのは大阪でした。
大阪で13年(京都に2年含む)居て、先ほどの驕る自分に気づいた別の自分がいました。
35歳でやっと少し大人になったのかもしれません。
大阪を離れて、もう一度自分を磨いてみようと(こんなに格好良くはないのですが・・)
考えました。
定期の上司との面談で転勤の希望を伝えました。
半年後、内示が出ました。
茨城県へ異動でした。
自分が希望を出したのですが、いきなり茨城県とは正直びっくりしました。
その日帰宅して妻に報告したところ、妻も絶句していました。
というのも前年に戸建てを大阪で購入したばかりだったからです。
昔から「家を買うと転勤になる。」そのままの状況でした。
茨城県のつくば市が異動先で、期末の納会終了後新幹線に飛び乗り、東京駅から常磐線で土浦へ、そこからタクシーでつくばへ向かいました。
ホテルに着いて周りを見ると灯が無く真っ暗でした。
とんでもない所に来たんだなと思った覚えがあります。
翌日の朝、同僚がホテルに迎えに来てくれ、
営業所まで車で向かった時にまたびっくり。
昨日の夜が真っ暗だった理由が分かりました。
道路が当たり前のように片側3車線で、ホテルの周りは大きな公園があり緑がまぶしい程でした。
ここは日本?と思ったくらいでした。
翌年に家族がつくばへ引っ越して、それから9年が経ちました。
今度は栃木県宇都宮でした。ここからずーと単身赴任となります。
次は埼玉県大宮、その次は福岡県福岡市でした。
単身赴任先の一番人気である福岡は良かったですね。
先ず、空港が博多駅から地下鉄2駅で近い事。
食べるものが何でも揃っていて、何でもおいしい事。
そして何といっても女性が綺麗な事です。
ずーと福岡に居たかったのですが、残念ながら次は東京へ異動となり、今に至ります。
東京で7年をもって定年となりました。
定年の1年前から、再雇用か再就職かを悩みました。
先に書いたように、他の会社・営業以外を考えていました。
ちょうどオリンピック・パラリンピックの年でしたので、インバウンド観戦者向けのタクシー運転手をほぼ自分の中では再就職先と決めていました。
その思いを妻に話すと、猛反対されてしまいました。
夜勤等の不規則なシフトが、家族としては嫌だという事でした。
家族の反対を押し切ってまでという勇気はなかったので、再雇用を検討しました。
どこの企業でもそうであるように再雇用だと
収入が激減してしまいます。
再雇用は基本時短勤務となるため、現役時代の2割程度しかありません。
8割減ですので、やはり再就職しようと考えました。
そのような中で、人事担当者から再雇用のフルタイム営業職であれば実績評価によりコミッションが付く事を聞きました。
よし、そのコミッションをもらおうと若い時の熱い気持ちがよみがえってきました。
そして、今年2月から再雇用フルタイム営業職として勤務しています。
また同じ会社です。
これはもう運命共同体なのでしょう。
65歳までトータル42年の会社との付き合いになるはずです。
まあこれも良しと考えます。
またよろしく!会社。

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コメント

  1. はじめまして。
    うちの主人も全くといっていいほど同じです。
    来年、定年をむかえるのですが。
    同じ会社、一筋できましたし、家を買ったとたん単身赴任。しかも十年。
    こちらも大変でした。
    奥様のお気持ちもよくわかります。
    これからもお体に気を付けて頑張ってください。
    私も もうちょっと主人をねぎらうようにしたいと改めて反省しました。

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