酷暑の候、五十代の今はちょうど人生も「夏休み」

酷暑の候、五十代の今はちょうど人生も「夏休み」

五十二歳おひとりさま。人生がドシュラバな泣ける夏の日に

読者の皆様、
全国的に毎日厳しい暑さが続いていますね…

予てよりひどいてんかん発作を繰り返し、
絶賛!引きこもり中の前田 穂花です。

併せて、対人トラブルが原因で気分がダダ下がりです。

詳細は割愛しますが、
家裁のお世話になるような案件だったため…
凹みの域を超越し、完全にうつ状態の沼。

ほぼ一週間部屋のカーテンを閉め切り、
誰とも会わず会話もせず私はひたすら泣きました…

他人と会ったり電話で話したりすると気分が悪くなります。
巧く説明できないのですが、悪い琴線に触れるというか…
何の非もない相手をつい、
強い言葉で攻撃したくなる衝動が抑えられないから。

周囲の人を巻き込まないために、
何よりも自分自身の心を守るために。

自分がコントロール不能の時は、
敢えてひとりで過ごすと決めています。

“人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ”
チャーリー・チャップリン

――自身の人生をクローズアップすればただ泣けるけれども。
ダッサダサな私の事も、
傍から見ればまあ笑えるんだろうな。

うん、あたしは身を以て皆様に笑いを提供してあげてんのよ!
笑いたきゃ笑いなさい!

沼の底に落ちて散々自虐したらあとは落ちるところすらなくて、
ネットスーパーでゲットした特売のにぎり寿司で、
冴えない自分の悲しみを笑い飛ばして過ごしています。

希死念慮に効果大!デジタルデトックス

普段から事あるごとに「死にたい」と、
検索エンジンに打ち込むチキンな私。

とにかくいろんなものが刺激になって希死念慮が募るから。

パソコンやタブレット、携帯電話は常にオフ。
…音の出るものはとにかく電源オフ!
寝る…寝逃げして現在をやり過ごしてやれ!

そんな状態なので。
このスロハピの投稿はじめ各種SNSからも離れています。
パソコンの電源を落とせば自動的にデジタルデトックスです。

ネットから離れる事は想像以上に心身を整える効果があります。
身を以て実感します。

このところの不調は酷暑の影響ばかりではないな…
そう感じていらっしゃる方は週一日でもいいので、
パソコンのディスプレイから離れ、
スマホをオフにして過ごされる事をお勧めします。

ネットを中心にこの社会には、
私たちが生きる上で必要な量以上の情報が溢れています。

確かに「情弱」は損をしがちですが、
過ぎたるは猶及ばざるが如し。

心を乱すほど多量の情報に四六時中曝されていれば、
まともな人でも判断に狂いが生じておかしくはありません。

8月に入ってから。
私はほぼ二週間インターネットに触れずに暮らしました。

心身の疲れで7月末には食べても戻してしまうような私でしたが、
この頃ようやく食事が摂れ、体調も戻りつつある気がします。

凹むのは心が真っ当な証拠、落ち込むに当然な理由がある

話が逸れました。

不調に陥るのも無理ないと言われれば自分でもそう思います。

繰り返す脳梗塞の後遺症で、
現在の私は完全に失語症の状態にあります。

喋れなくなっただけでも相当落ち込むでしょうに…
今の私は(プロのライターを標榜しているにも拘らず)
文章が書けないのです。

具体的に説明すれば…かつての私は。
一日当たり、
1万5千字の原稿をライティングするのがルーティン。

加えて日課の如く3千字ほどの私信を数通書いては、
郵便局にめちゃくちゃ貢献しまくっていました。

――中高生の時から私はそんな状態でした。
書いてさえいれば幸せだった…
何でもいいから文章を書きたかった。
書くのが好きすぎて公務員の職を手放しライターになりました。

なのに。脳梗塞によって失語症を患って以来。
私は原稿を書くどころか、
(たった)140字のtweetすら巧くできない。

手紙をしたためるのが困難なので絵葉書を書こうと思うも、
言葉が浮かばないのです。

そういえば。
病前はペン習字の手本のような文字を書いていた私が…

失語症と診断された今は、
まさに蚯蚓の這ったような字しか書けません。
昔の私を知っている人が思わず涙するほど…です。

余りにお粗末な状況なので、
令和3年の賀状は欠礼しようかと考えています。

プロのライターなのに「書けない」なんて死んだも同然

この原稿も…
かつてなら1時間で書き上げられて、
推敲まで完了できたでしょう。
だけど、言葉を失った今は数日掛けて悩んで仕上げています。

文章の書けない私なんて半分死んだようなものです。
完全に死んだといってもいいくらいかも…です。

ライターとして三十年以上仕事をし、
私は人生を駆け抜けてきました。

途中、病気が原因で車椅子になってしまった私は…
それでも必死でリムを駆動しつつ、
いわゆる「ライター双六」を疾走し続けました。

漫画家・尾瀬あきら先生の言葉「ライター双六に上がりなし」。
かつての「みのり」として、そして穂花として。
書く事はまさに私の人生そのものでした。

喋り言葉を失うと同時に、書く作業すらままならなくなって。
五十二歳の私は人生に対し、
今…ひたすら途方に暮れています。

こんなひどいザセツに真正面から向き合わされて。

回避不可能な対人トラブルが元で、
家裁に自らの権利擁護のために面倒な申立てをし。

しかも…てんかん発作を繰り返してばかりだったら…
このマエダホノカ様じゃなくっても…凹むわ!

あたしの心は健全な反応を示してるわよ!
あたしはまだ平気よ!

――ピアノを置きたいがために、
住んでいる部屋が防音完備なのをいいことに。

呂律の回らない私はしかし大声で叫んでやりました!
つらいのが当然なのよ!

ダメな時こそ流れに身を任せる選択もアリかしら

――毎日本当に暑い日が続いています。
酷暑のなかではちょっと動くだけでてんかんを起こします。

発作の状況次第ではそのまま脳梗塞や心筋梗塞を併発し、
死に至るリスクと日々背中合わせで過ごしている私です。

…抗えない今は流れに身を任そうかな。
よくも悪くも、
自分の中で覚悟が決まりつつある手応えを感じます。

体調が優れず、
必然的にベッドに横たわっている時間が増えました。
いうならば本当に「夏休み」に追い込まれている私です。

もしかしたら…人生もちょうど夏休み、くらいかもわかりません。

夏休みが終わる時期はちょうど一年の2/3が過ぎた頃。
一生を一年間に例えるなら、今の私はちょうど…
溜まった宿題を一気に片付けるのに躍起になる段階かしら。

きっと「宿題」が多くて泣けるだけよ。

生きる上での悩み。克服法を考えるべく読書に励む

――プロのライターだと名乗っている以上は。
夏休みの宿題もやっぱり「読書感想文」で他と差をつけなくっちゃね。

そんな感じで…ひたすらkindleにダウンロード。
古典から名作から…
最近の漫画作品に至るまで斜め読みしまくりの私です。

「仕事の悩みは隣のデスクに尋ねるな、本を読め」。
そんな言葉を耳にしたことがあります。

隣の机に座っている人=自分と同レベル、
同じステージに立つ人物。

同列にある人物からは共感こそされたとしても、
生きる悩みを克服し得るだけの知恵は得られない可能性大です。

他人の意見は時に無責任な慰めだったりもします。

自分で克服する覚悟を定める以上は、
本から多くの知識を得て、
知識を基に自分の頭で考えたいものです。

自分で考えるからこそ、
万が一また失敗したとしても再び立ち上がれるのです。

まだ五十二歳、されどもう五十二歳。
本当につらく泣けるテーマこそ自分で妥協案を考えよう。
そのために本を読んで知識と教養を高めよう。

そんな風に思いつつ読書に励めば。
このどうしようもない「人生の夏休み」も…
何とか目標を持って過ごせそうな気もしてきました。

かつて…
全国コンクールで見事「文部大臣賞」をゲット!した、
私の…それ以上に優れた「読書感想文」が仕上がった時点で。

ぜひ、このスロハピのブログで投稿させてください(笑)。

人生はダサいもの。どんな人でも悩みの中に生きている

――冒頭のチャップリンの台詞ではありませんが。

私に限らず、一見成功を果たしているかのような彼も。
キラキラ全開!見た目幸せいっぱい過ぎる彼女も。

誰しも…胸の奥には話せないほど重たい事情を、
一つや二つ…もしかしたら百個くらい!?
隠し持ちつつ、お愛想笑いに徹しているんじゃないかな。

生きることはカッコ悪いものです。
転んで転んでザセツして…
もう失敗しないと誓った次の瞬間また転ぶ、そんなもんです。

「人生、死ぬ以外はかすり傷」。
若い時にはなんて残酷な言葉かと思いましたが…
ここまで失敗しまくると、妙に頷いてしまう五十二歳の私です。

そうでも思いこまないと前を向けない、
とても生きられないもの。

半世紀以上を生きていると。
人生とは各々の目的を果たし幸せになる事より…むしろ、
誰にも言えない秘密や悲しみを抱え込むものに感じられます。

言語化できない苦痛を憶え重ねていく事を通じて、
人間は成長し、他者の傷みを知り、
傷みの先の希望を分け合える存在になっていくのかな…と。

センチメンタルな感情をも今の自分の本音として、
泣く自身を私は許してあげたいです。

今は夏休み、ちょうど人生の夏休みだから。
悩みという自由研究に私は最大限心を傾けよう…
そう考えています。

そもそも「暑くて勉強できない」から夏休みなんだし(苦笑)。

現時点でできる事を私は日々一生懸命がんばろう、
今しかできない事(=悩むこと)に集中しよう。

落ち込む状況はきちんと立ち直れる言質、悩んでも大丈夫

昭和18年。戦況が悪化の一途を辿るなか。
太宰 治は「右大臣実朝」という作品の一節で言い残しました。
“明るさは、滅びの姿であろうか。人も家も、暗いうちはまだ滅亡せぬ”

太宰の言葉の通りだと思います。

落ち込んでどんよりしている状況は決して悪いばかりではありません。
凹んでいるからこそ打開しようと前を向けるのです。

本当に投げやりになって、全てがもうどうでもよくなって。
大切なはずの自分を見失ってしまうからこそ。
俗にいう「無敵の人」はある境界線を踏み越えてしまうのです。

決して「無敵の人」による凶悪犯罪、他害だけに限りません。

自殺やその他もろもろの自傷行為だって…
人間として超えてはならない一線を、
しかし越えた状況で為されるのではないでしょうか。

明るさ=全てを諦めて自暴自棄になった姿。
そんな状況に比較すれば、
落ち込む今はある意味ずっと建設的な考えが可能な時期。

人生の夏休み、私は有意義に過ごしたいと希います。

――中二病ならぬ「五十二病」にどっぷりハマりつつ、
自分の人生を十二分にフィードバックしながら…
建設的に落ち込める私でありますように。

コロナ禍の影響を受けてか、
世間は盆送りとともに新学期が始まった様子。

でも…私は通常通り8月31日まで。
もしかしたら…9月になっても。
人生の宿題に取り組んでいるかも知れませんが…
それでもいいかな。

日々悩む事、悲しんだり怒ったりすることこそ。
自分の人生を生きている証だとも思えるようになりました。

前田 穂花

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