コロナウイルスの今を考える。

コロナウイルスの今を考える。

志村けんさんの死の意味

私の母は私が25歳の時に亡くなりました。
母は54歳でした。
その前の年に私はカナダ バンクーバーにスキーインストラクターとして、ワーキングホリデーに申し込みビザも下りて、約1年間の海外生活をワクワクしながら準備をしていた時に母が入院をして「あまり良くない状況だから今は行くな」と父に説得され渋々延期しました。

詳しく母の病気を父は私と妹には告げず、私は簡単に母は入院して手術して帰って来るのだと思っていました。

しかしそれから1か月もしないうちに
母は息を引き取り、私の人生は1回閉じて世の中が真っ暗になり、感覚も色も何も無くなり毎日激しい苦しみと悲しみ、何故私が?何故あんなに素晴らしい母が?と嘆き、かって味わった事が無い程に苦しくて如何にもならない時間を過ごしていました。父からは母や私達姉妹のダメージを少しでも少なくしたかったので敢えて告げなかったと後に聞かされました。

その時は今程世の中のニュースがすぐに入る時代ではなく、少し経って「2月8日 – カナダ・アルバータ州ヒントン郊外で、バンクーバー発エドモントン行の特急列車と貨物列車が衝突し、特急列車側21人、貨物列車側2人の23人が死亡。」
と知りました。

もし私があの時にカナダに行っていたら事故を起こした特急に乗っていた可能性が、いえ多分乗っていたのでしょう。私は母が命をかけて私を守ってくれた、と今でも思っています。まだ若い私は若く、両親が海外の危険やリスクを伝えても全く聞く耳を持たなかった私に、母は
自らの命を投げ出しわたしを救ってくれたのだと。

1番影響力のある人が1番大事にしている人を守る為に、死があるのだと考える様になりました。
誰の死も意味があり、誰かを守るため身を犠牲にして伝えているのだと思います。

昨日からあの時と同じ状況を私は感じています。
日本人全員の親戚や兄弟、家族の様な存在の方が身を持って伝えてくれた事を真剣に考え行動したいです。

考えはそれぞれかと思います。
自分で判断して、私は母と一緒に笑い、楽しい時間をくれた志村けんさんの死を絶対に無駄にしたくない!と思います。

命より大切な物なんてありません。
どうか家に居て下さい。
大切な人、自分を守る事をしてください。早くこの状態を抜け出し、国民全員が意識を持ち、相手の事を考え、必要な物だけを購入し、そんなふ風過ごしていきたいです。このコロナウイルスが治ったら、好きな場所で思い切り楽しむ為、
全員で力合わせいきたいです。

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