心の終活としての懺悔(さんげ)

心の終活としての懺悔(さんげ)

振り返ってどんな人生でしたか?

 みなさん、こんにちは。たろうです。最近、新型コロナのこともあり、自分の人生について考えるようになりました。成功した芸能人の方や著名な方があっけなくお亡くなりになったニュースを聞くと、わたしは生きているだけまだマシなんじゃないかって。死んでしまっては何もかも終わりですよね。とはいえ、死はいつかは来るわけで、それに向けて終活しておきたいと思うようになりました。
 みなさん、ご自分の人生を振り返ってみてどう感じますか? 「順風満帆な人生だった」と感じますか? 「平凡だけど安定していた」と感じますか? それとも「波乱万丈な人生で、自分は苦労性だった」と感じますか?
 たろうは子供の頃から波乱万丈の浮き沈みの多い人生だったと感じます。けれど案外、安定した人生よりも、この年頃になると病気やら老い、豊さなどで浮き沈みが多いと感じる方が多いのではないかと想像しております。どうですかね?
 またブログに書く機会があれば書きたいのですが、たろうは最近、座禅に通っております。もう現世的な成功は何度か経験し、失敗も経験し、豊さも貧しさも経験しましたので、あとは死ぬ前に心の終活として仏教体験を積んでいるところです。
 仏教体験の一つとして「懺悔(さんげ)」というものがあると知り、今回はみなさんに概要を紹介したいと思います。

懺悔(さんげ)とは何か?

 懺悔(さんげ)とはキリスト教で懺悔(ざんげ)と呼ばれる、罪を深く後悔し、神に赦しを請う行為に似ています。基本、仏教でも同じで、自分が犯した罪を深く後悔し、反省し、仏と僧侶の前で罪を告白して、もう二度としないと誓いをたて、もう二度と同じ過ちを犯さないように生きることを言います。
 キリスト教との大きな違いは、仏教の懺悔には前世で犯した罪を懺悔することも含まれています。仏教では、脈々と続く輪廻転生の中で人間は長いこと、数え切れないくらい多くの罪を犯しながら生きてきました。前世での罪と、今生での罪を懺悔し、すべての罪に対して赦しを請うのです。懺悔文というお経があるので紹介したいと思います。

懺悔文

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち)
従身口意之所生(じゅうしんぐいししょうしょう)
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

 お寺に行ってもいいですし、自宅の仏壇の前でも仏と、できれば僧侶に自分の犯した罪を告白し、懺悔します。

なぜ懺悔するか

 ではなぜ懺悔などするのか? いろいろな説があります。現在人生がうまく行っていないのは、過去に犯した罪の罰が当たっているから、懺悔して罪を浄化してもらった方が良い、という説もあります。それは非科学的かも知れません。
 けれど、この年になると、昔犯したちょっとした罪、もしくは大きな罪を後悔していて、心のどこかで気が咎めている、なんてことありませんか?
 たろうには、昔犯した罪で許してもらいたいことがたくさんあります。これを抱えたまま死ぬわけにはいかないと思っています。仏教では、殺してはならない、盗んではならない、嘘をついてはならない、飾った言葉を使ってはならない、など戒律がありますが、多かれ少なかれ、人は罪を犯しながら生きているのだと思います。
 コロナ危機もあり、もういつ死んでもいいくらいに心の中を整理しておきたい、そんな気持ちにさせられています。
 たろうの場合、毎日朝晩に仏壇に参る時にお経と懺悔文を唱えているのですが、折を見て、座禅に通っているお寺で懺悔するのも悪くはないかなと思っております。
 先日は墓じまいや仏壇じまいについてブログを書きました。先祖の整理が終わったら、自分の心の整理をして、終活の一つにしたいのです。
 もし同じような気持ちになった方で、わたしのブログがお役に立てば嬉しく思います。

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