どう生きていくか

どう生きていくか

私なりの終活を考える時期が近付いている

子供が生まれるまで、自分の死について考えたことはなかった。多くの健康な人は、病気をするまで病気について考えたことがないのではないだろうか。酒を飲んで二日酔いなると「もう酒は飲まんぞ」なんて思うのになんだかちょっと似ている。

そんな感じで若い頃は過ごしていたが、子供が生まれると別だ。自分に万が一何かあったら、子供が困るだろうと思うようになった。何かあった時のために、自分が全て管理している銀行の口座や、毎月何日に何が引き落とされるのかなどをまとめてノートに書きだしておいたほうがいいのではないか?なんてふと考えたのも子供が生まれてすぐの頃だったように思う。そんなことを思ったのは20数年前のことで、その頃にすでに「終活」という言葉があったのかはわからない。でも今思うと、これも一つの終活の形だろう。

その時、不安に思いノートにまとめたのは自分が実家から離れた場所で暮らしているということもあった。すぐ近くに義父母がいるとはいえ、私に何か不幸がおきて突然死んだら、私側の親族への連絡先は私以外知らない。それも問題だなと思ったのだ。

夫側の親族は近くにいるということもあり、かなり親密な関係を保っている。一方私の方は、自分を含め親戚一同、かなり際物揃いで疎遠な関係だ。そのため、日頃から付き合いがある親戚関係でないので、私が本当に忽然と姿を消すと連絡を取るのに夫が大変な思いをするだろうとも思ったのだ。

結局、子供の育児が忙しかったのもあり、一時的に不安にかられまとめたノートは、ありがたいことに未だに使うこともないままだ。そして一度もアップデートすらせずに、放置状態である。そしてそんなこんなしているまに、いつのまにか終活という言葉も定着した。

子供が小さかったから、「この子たちを置いて先に死ねない」という不安な気持ちと一緒に生活していたこともあり、あの時はノートを困らないように色々とまとめた。しかし、子供が成長していくにしたがって不安もなくなってしまったのも事実だ。

そして子育てが終わり、時間もゆとりもできた。ありがたいことに長生きしている両親がいるので、親孝行をできている。もっと色々と思った矢先にコロナである。電話で日頃は、」100歳まで生きる」と元気なことを言っていた親から「長くいきたからこんな変な時代を見ないといけないんだね」なんて言葉を聞く羽目になった。聞きながら、なにもできないだけに哀しくなってきた。

子育てが終わったから、子供が小さい時のようにこの子たちを残して死ぬわけには行かないという気負いはなくなったが、まだまだ子どもたちとこれやあれをしたいという気持ちもある。ただここにきて、コロナのようなことがおきるとは思っていなかったので、両親、自分を含めた形での終活を考えるようになった。

悲観的な意味ではなく、どう生きるべきかを考えるようになった。突然命がなくなることだってある。そう考えると毎日何をして過ごすべきかは本当に重要になってきた。

まだ行ったことがない場所がある。あれもこれもしてみたい。健康なうちにできること、今からもう少し年を取ってからでもできること。このまま、この場所で老後を暮らしていいのか。などなど。

子供のために、自分が突然死んだら困るだろうということを思ってノートをまとめた時とは違う。今度は、自分が残りの人生を少しでも楽しく生活するためのノートが必要になってきているのだなと感じ始めている。

コロナによりきずかされ、終活を考えた人も多いのではないだろうか。一日一日を大切に生きる。若い頃から聞いていた言葉だが、全く身に染みていなかった。いつかどこかで終わりが来るというのは漠然と思っていたが、コロナが起きたことで、想像もしていない方向から突然「終わり」が宣告されるんだということを体感している。

人によっては、東日本大震災で人生について考え、終活を考えた人もいるかもしれない。私の場合は、自分の年齢を考えても今が終活を始めるタイミングだし、コロナでより強く死を感じたとしか言いようがない。

終活の正しい形は私にはわからないが、どう生きるかを考えることで、おのずと自分の終活の答えは出ると思う。無駄にする時間がないのだなぁと思うと、悲しくなってくる。コロナだから制限されることもあるだけに悲観的になってしまう時もある。

でも、コロナに関係なく、このあとどうやって自分の人生を過ごしたいかを考えたり、自分のこれからに向き合った時間を多く作るべきなのだということは感じている。

終活をまじめに始めよう。

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コメント

  1. 管理人です。投稿ありがとうございました。
    ぜひセカンドライフを楽しむエンディングノート参考にしてください。EXCELです。
    https://slowhappy.jp/endingnote/

  2. きのこさん
    初めまして、前田穂花です。

    人生の終焉について真摯に考える事、自分らしい死を希う事は…
    そのまま「生」を想い続ける事だと、
    私も五十代になって強く実感するようになりました。

    四十代からがんはじめ大きな病気を立て続けに経験し、
    人生観自体が180度変化した私は以来…
    リビングウィルを作成、毎年5月の自分の誕生日には内容を見直す習慣です。
    https://slowhappy.jp/lifeending/compilation-life/

    年老いても病床にあっても、いつ如何なる時でも…
    この世に生を受けた以上は。

    きのこさんがいつも「きのこさん」で、
    私が常に「私」として生きられますように。

    前田穂花

  3. 管理人様 ありがとうございます。参考にします。
    前田様 自分らしくが私もいいと思います。

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