遠距離介護、日本の母とアメリカの私

遠距離介護、日本の母とアメリカの私

遠距離介護、日本の母とアメリカの私

私の母は88歳、20数年前家族4人が住んでいた4LDK に現在一人で住んでいます。母には娘である私、それに一度も結婚したことがない弟である息子がいます。私はアメリカ、弟は母の住んでいる所から自転車で20分ほどの所に住んでいます。一人暮らしの母ですが、買物は生協頼み、弟が週に一度生協がやってくる日に荷物運びの為にやってきます。

父の死後、次々母を襲う災難

2014年4月に父が亡くなります。しかしその時私はガン闘病をしていた主人の世話があり、お葬式にも49日にも行く事が出来ず、9月に主人が亡くなった後、父の1周期にあわせて2015年3月に日本に帰りました。私たちの2週間の滞在、1周忌を滞りなく行い、お墓を作り無事納骨を済ませました。

私たちがアメリカに帰国した3日後、なんと母は動脈解離で緊急入院、血圧の状態が落ち着くまで1ヶ月半ほど入院していました。その後14時間にも渡る手術を受け約1年後に回復、しかし2016年、道で倒れた事で肘を複雑骨折。また入院、手術をする事になります。

やはりアメリカと日本は遠い。

母の動脈解離、すぐにも飛んで帰りたいと思いました。しかし主人を亡くしアメリカでシングルマザーとなってしまった私、高校生とはいえ大人一人に車が一台必要なこの田舎で、子供たちだけではちょっと難しい。航空券の手配だけでなく、私がいない間の子供たちの食事や生活など、手配を整える為にどうしても数日掛かってしまいます。

入院している間は何かあっても看護師がそばにいる、そう考えて病院の退院に合わせて私一人日本に帰ることにしました。退院直後は血圧が上がらない様にする生活に慣れるまで、誰かがいたほうが良いと。1ヶ月ほど掛けて、子供たちだけでも10日間生活出来る様に整えて出かけました。

日本での滞在は僅か10日間

動脈解離は手術で解離した部分をバイパスで結ぶまでは、常に血圧を安定させる事を考えて生活する事と医師に言われています。まあ、手術をしても血圧を安定させる事は大切なのですが。この病気になるまでは健康だった母、すでに年齢は80歳を越えていましたが、近くに買物にも行き、足腰が弱らないように毎週歩き、健康に生活していました。本人も今までの様に動けないもどかしさと、不安にさいなまれていたと思います。

まずは日常生活の中で血圧が上がらない為に注意する事。そのために自治体からどのような支援を受けられるのか?市役所に通いました。事情を説明し、手配を整えます。

血圧を安定させるためだけだと支援のみ、それもレベル1

自分で排泄が出来ない、起き上がる事が出来ないなどの場合は要介護、しかしゆったりと生活していれば日常生活に支障がない、血圧を上げない生活はなかなか支援が得られないと。それでも一人暮らしということで何とか付いた要支援1。週に1回45分間家庭内のサービスを受ける事が出来ます。毎週来てもらい掃除をしてもらう事にしました。

幸い元気になったけれども

通年2年という月日が必要でしたが、徐々に体力も回復、元気になって来ました。しかし外で倒れた事で、一人で出かける自信を無くしたようです。今まで参加していた様々なカルチャーセンター類にも、人に迷惑を掛けたくないと、徐々に遠慮するように。でも娘にはわがままが言えるのか?私が日本に帰った時にちょっとずつ遠出をする様になりました。昨年は母の故郷九州、そして日帰りで福島の前沢宿と一緒に出かけました。

現在は週に一度テレビ電話で

現在は週末にFacebookを通して話しています。母親の名前でアカウントを作り、メッセンジャーで顔を見ながら話をしています。今は呼び出しをかけるとすぐに出るようになりましたが、しかしここに至るまでに長い道のりがありました。

最初はスカイプで

最初はスカイプ、でもなかなかコンピュータを使いこなせない。年寄りにマウスを動かすということはかなり難しいようで、練習をしましたがマウスを持つ手が震えてしまうと。で、その後タブレットを購入、タッチトーンで操作が出来るので簡単に出来るか?と思っていましたが、タッチすると意味のわからない画面に変わってどうしていいかわからない!と。

毎年日本に帰国するたびに、子供たちと毎日練習してやっと出来る様になりました。

テレビ電話、顔が見えるのはいいけど

元気になったとは言え年は年、最近は同じことばかり話すようになっています。それにインターネットによる会話は時間のずれが生じるためか、話が一方通行になりがちです。それでも話は長引き毎回1時間ほど。毎回天気の話や、体の具合などを確認し、止め処も無い話を続けながら「叉来週」で終わります。

本当はもう少し頻繁に日本に帰った方が良いのでしょうけど。それでも母は言いました。次回は三陸鉄道に乗りたいと。どこかに行きたいという気持ちが出てきた事はとても良い事。今年は無理かも知れませんが、来年は三陸鉄道の旅を楽しみたいと思います。

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