終活の路線変更

終活の路線変更

友人から線香が届いた

母親の三回忌です。
寂しいものです。我が兄弟たちには私の想いは届かず、結局みなばらばらになってしまった。

まあ、これはしかたがないこと。母親も脳梗塞で倒れて、後遺症が出てしまったお世話したのは長男夫婦です。いろいろ考えてももはや母はいない。親孝行はあまり出来なかったけど、もはやどうにもならない。

私は子供がいないので、老後の心配があります。ニ度脳梗塞で倒れたから、三度目はとても近い将来だと考えるのは普通のことです。

私はふっと病院のまどから中学生の頃に思いを馳せていた。
あの頃の女子は大体占いが好き。
私は若い頃から四柱推命を観ています。
四柱推命は当る気がします。

あたり前です。誕生日と時間も入れて占うのですから、出た占いに始めから自分を重ねて見て行きます。

あなたは陰性の火の性質だと言われれば、そうそう。粘着質な火かもね。
で、初めて占ってもらったのが、中学生のときで、新宿あたりだったかなあ。

なんかすごく当たっていると、感動したの。
それから四柱推命を勉強して、高校時代は周囲の友達を片っ端から見てあげた。
四柱推命は、わりと良くないことが現れてきます。
性格だって、生涯お金に縁がないとか。

そんなんだから、占うと、嫌がらせだと思われたりすることも多々あります。
占っているけど、私自身は占いに左右されない性格なので、信じて生きる人に出会うと怖いです。

あなたが来年は天中殺って言ったから、婚期を早めたの! って、さっさと嫁いだ友人。今頃は、初恋の相手と、ドイツで素敵に暮らしています。

さて、私は長生きするらしい、60歳で脳梗塞で倒れたことも、アレルギー体質で40年戦っていても、ずっと生きるらしいことになります。

そして最後は孤独死だそうです。
きっと当るのね! 最近弱気になっている私は、お腹を空かせて死に至る自分を想像して、ぞっとします。

こうなったからには、老後の心配も急がないと。まんまと占い通りにはならないのだ。

輪廻転生

そう言えば、趣味で小説を書いてきました。多くの文章をまとめて本に仕立てて行くうちに、ふっと気になることが出てきました。

この、砂の曼陀羅は輪廻転生を書いています。なにも思いがない小説はもちろん書きません。だけど、私が輪廻の輪の中にいるとは考えていないし、考えられない。

ん! 私は何故このような小説を書いたのかなあ。

このあたりも整理しないと、いけないなあ。

つまり、自分の内面も終活をしなくちゃならない。

いえいえ、終活の内容を見直さないといけません。
いざ終活が近くなってみると、事務的なことの他にも、自分の内面も一括りにして、へんな未練を残さないようにしたい。

心の棚卸しです。

終活とは

天に召されときには、あー楽しかった。なかなか良い人生だったと呟きたいけど。

今はまだなんの準備も出来ていない事に気がついてしまいました。

だからって、なにをすれば良いのか、天国から、御鏡の池を覗いて微笑む事ができるような人生は歩んでいないし、天国の想像はまだ出来るとは思えない。これから、取り急ぎ、旅立つ用意をしなければ。

死が身近になったのに、するべきことを見失なってしまいました。
とりあえず、終活ノートなど、事務的なことから、手をつける他はないようです。

そうしているうちに、蓮の花が咲く天国に行くのか、百合の花が咲く天国に行くのか、自分の内面を探らなければいけないような気がしてきます。

言うなれば、私は無宗教です。カトリックの教育要理の入り口までの勉強もしました。母方は神主です。父方はカトリック、父親は浄土宗。そして、ファンタジー小説を書いたら、それぞれの天国を上手く書き分けている私がいます。

まだまだあります。夫は長崎県の五島列島出身。神棚と仏壇が一緒にあり、隠れ切支丹の亜種と言うか、叔父が言うのはデタラメたい! 

神道でもなければ、仏教でもなければカトリックでもない、隠れ切支丹でもない独特の宗教感があるらしいのです。

無宗教ならそれもよし、だけどすべてが水のように私の心を満たしているとしたら?
私は何者として死に行くのだろう。

なんて、考えてしまいます。

ちなみに『妖し美し春爛漫』は、私の中の神道の世界観です。『摩天楼のネジ穴』は宗教感からしたらカトリック? 『砂の曼陀羅』は仏教』さて、私は何者として旅立つのか?
まだまだ旅立つわけには行きません。

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コメント

  1. あざみさん。
    その後お加減は如何でしょうか。

    私も連休に入る前から体調を崩してしまい、
    病床からあざみさんを憶えてお祈りしています。

    さて、宗教の問題はなかなか難しいものもありますね。
    あざみさんはご自身の内面で様々な宗教的ルーツや思想に、
    折り合いを着けつつお過ごしのご様子ですが…

    宗教が原因で家庭内で対立が起きる場合や、
    特定の宗教の信仰が影響して縁談が破談となる場合…いろいろあります。
    難しいなあと思います。

    私自身、キリスト教バプテスト派のクリスチャンです。
    若い頃に信仰告白をし、バプテスマ(洗礼)を受けましたが…

    キリスト教に、というより宗教の在り方全般に思うところがあって、
    俯瞰したいと思い、今は敢えて教会から離れています。

    本来であれば人間を幸せにするべき宗教の存在で、
    私含め不幸になっている人が多いのはなぜなのか。
    意味が分からなくなってしまったからです。

    それはそれとして。
    宗教の存在意義に疑問を抱き、キリスト教の信仰から意図的に距離を置き、
    教会生活から離れてはいても。

    これだけは確かだと想う事があります。

    その事とは「人間は自己を確立するために世に生まれ、
    自分が正しくありのままの自分でいられる状態が一番幸せなのだ」という点。

    あざみさん。
    月並みですがいつまでもあざみさんが「あざみさん」でいられますように。
    如何にも邪魔される事なくあざみさんとしての人生を全うできますように。

    前田穂花

  2. まさしくその通りですね。
    自分らしくいるためには自分が信じることは曲げられない。年老いても自己の尊厳が持てますように。穂花さん、素敵な人生を最後まで歩みましょう。

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