春を告げる花

春を告げる花

街の公園で北国の山に思いを馳せました

当地でも桜が満開になりました。
全国的にお花見は自粛モードでちょっと寂しいですが、桜自身も、例年のように見てくれる人々がいないと寂しがっているかもしれません。

さて、当地で、桜に混じってひっそりと咲いている花をご紹介します。

それはコブシです。
北国の春を告げる花として知られています。
それが、瀬戸内気候の当地の公園で、三月半ば頃から咲き始めているのを見つけたのです。

たくさんの桜で賑わう公園の片隅に、ほんの数本だけ佇んでいたコブシ。
植えられたのでしょうか。
どうも小さい方の木は自生したように見えます。

コブシの花は、普通は桜と入れ替わるように散ってしまいます。
それが、今年だけでしょうか、それともここではいつもこうなのでしょうか、桜に囲まれて、このコブシは今も咲き誇っているのです。

北国では、冬枯れでまだところどころに雪が残る山肌一面に、コブシの純白の花が咲きそろいます。
それはあたかも、大きな雪帽子が山一面に舞い降りて、そのままの姿をとどめているかのようです。

宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」の中に、コブシが登場します。
熊撃ち猟師の小十郎がある夜山を歩いていると、母子の熊が向こうの山を見て話していました。
向こうの山一面に咲いて月明かりを受けて輝いているコブシを見て、子熊はこんな風に言いました。
「おかあさん、あれは雪だよね」
母熊はやさしく答えました。
「いいえ、あれはコブシですよ」
「ちがうよおかあさん、あれはどう見ても雪だよ、雪だってば」
母熊は黙って子熊を見つめて、微笑んでいるかのようです。
その光景を見た小十郎は、胸がいっぱいになってしまったとのことでした。

コブシは、モクレン科の高木樹です。
お庭や街角でよく見かける純白の木蓮の肉厚の花は、それはまことに見事ですが、コブシの花は木蓮を少しこぶりにして、花びらを薄手にしたような趣です。
けれども、木蓮よりずいぶん背が高くなります。
桜よりもずっと高くなります。
そして花は、地上からかなり高い梢にだけ咲きます。
それはまるで、花を人の手にふれさせまいとするかのようです。

そんな風になかなか近くで見ることができないコブシの花ですが、時折枝が垂れ下がって、花に顔を近づける機会が訪れます。
花は、ほんのり甘い香りがします。
冬枯れの、まだほとんどの木々は芽出しが始まってない山道で、このコブシの香りを嗅ぐと、身体中に精気がみなぎってくるように感じます。
昔、旅人が山道で疲れた時に、コブシの花を食べると元気になり、歩みを進めることができたとの言い伝えがあるのもうなずけます。

コブシを庭で育てることはできないのでしょうか?
近頃では園芸店などに、栽培種のコブシが並んでいることがあります。
ヒメコブシはそのひとつです。
この木は山のコブシほど高く伸びないので、お庭でもじゅうぶん育てられます。
特に枝を剪定したりする必要もありません。
でも背は高くなくても、それはそれはたくさんの花をつけてくれます。
その花は、山のコブシよりも花びらがさらに薄手で、そのかわり密に重なっています。
そしてやはり、ほんのりと甘い香りがします。
花が咲くタイミングは、コブシが咲く地方に植えた場合でしたら、山のコブシとぴったり一致しています。

北国では、コブシがたくさん咲いた年は豊作になると伝えられています。
そんな年は「成り年」と言われます。
お米だけではなく、畑の様々な野菜も、たくさんの実をつけてくれる年だというわけです。
ですからコブシは、昔から人々の暮らしに密着した木のひとつだったんですね。

この公園にはコブシは少ししかありませんが、梢いっぱいに咲いているコブシの花を見ていると、きっと北国の山では、今年は一面にコブシが咲いているのだろうなと、ちょっと遠い目になって思いにふけるわたしでした。

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